失業しても労働者に戻ることが可能な現代日本
今こそ賃上げで改革を!

 日本の低賃金は先進国でもダントツに低く、外国人労働者の人権問題にまで発展しているので、この先も間違いなく賃上げは続く。そこで時代に逆らって低賃金を続けても、労働監督署から目をつけられたり、SNSでブラック企業だと叩かれたり、経営者として良いことは何ひとつない。

 中小企業経営者の業界団体である日本商工会議所はよく「賃上げで会社が倒産したら失業者があふれかえる、彼らの家族が路頭に迷ってもいいのか!」みたいな脅しをしているが、小西美術工藝社のデービッド・アトキンソン氏がさまざまデータを示しているように、世界では賃上げと失業が連動するようなデータはない。

 これは冷静に考えれば当然で、時給930円を払えない中小企業が潰れても、失業者が出ても、世の中には時給1000円を払える中小企業も山ほどあるので、条件がいい方で雇われていく。失業者は死ぬまで失業者ではなく、時が経過すれば労働者になるのだ。

「最低賃金で働いている人間はスキルもないので再就職も難しい。今勤めている会社が潰れたら死ぬしかない!」と耳を疑うようなことをいう評論家も多いが、日本は技能実習生という「低賃金奴隷」を輸入するほど、深刻な人手不足だ。最低賃金で働いている人も視野を広げれば、働き先は山ほどある。

 また、この手の議論になると、何かにつけて「最低賃金を上げた韓国では」という話になるが、かの国は日本人がドン引きするほどの超格差社会で、賃金うんぬんの前に、財閥系企業に入れない若者が死ぬまで低賃金という構造的な問題があるので、まったく参考にならない(『最低賃金を引き上げても日本経済が韓国の二の舞にならない理由』参照)。

 賃上げよりも税金をタダに、という人もいるが、どんなに税金をタダにしても、フルタイムで1年間働いて年収200万に満たないという、日本の異常な低賃金を改善しないことには、人口減少で冷え込む一方の国内消費はいつまで経っても活性化しないので、税収も増えない。景気が良くなる要素がゼロなので、低賃金労働者の貧困を固定化して、事態をさらに悪化させていくだけだ。

 中小企業の税金をタダにしても、それが労働者に還元されない。日本は半世紀、手厚い中小企業支援策を続けてきたが、その結果が先進国最低レベルの賃金だ。中小企業経営者に渡す賃上げ支援は大概、経費扱いできるベンツやキャバクラに消えていくものだ。

 昨年10月、野村総合研究所が、コロナで休業を経験した労働者がどれほど休業手当を受け取っていたのかを調べたところ、パートやアルバイトで働く女性ではわずか30.9%にとどまっていたように、国が経営者に「従業員のために使ってね」と渡した金は、ほとんど現場まで届かないものなのだ。

 だから、今の日本には「賃上げ」しかない。それはコロナでも変わらない。いや、コロナだからこそ、労働者に直接カネを渡す「賃上げ」が必要だ。

 中小企業経営者の中には、「社員は家族」みたいなことを言う人が多いが、もし本当に血のつながった家族が、時給930円で朝から晩までこき使われていたら、きっと怒るはずだ。

 常軌を逸した低賃金にあえぐ「家族」を救うため、そろそろ経営者も腹を決めて「身を切る改革」に踏み切るべきではないか。

(ノンフィクションライター 窪田順生)