岸田新政権が発足し、19日に衆議院選挙が公示される。コロナ禍からの経済回復をどう進め、コロナ以前からの構造問題をどう解決するのか。日本の立て直しは待ったなしだ。与野党が共に掲げるのは、分配重視の経済政策による中流層の底上げだ。選挙をにらんだ思惑もあってそれぞれ政策は違うものの、「トリクルダウン」のアベノミクスから大きくかじを切る政策転換だ。『ポストコロナの新世界』#8では、「中流層復活」はなぜ必要で、分配重視のもとでの成長と分配の関係はどうあるべきか、経済財政諮問会議民間議員をはじめ、マクロ政策や財政、社会保障の政策作りに長くたずさわってきた吉川洋・立正大学学長に聞いた。(聞き手/ダイヤモンド編集部特任編集委員 西井泰之)
日本に新自由主義の時代はそもそもない
歴代政権は社会保障を守ってきた
――岸田新政権は新自由主義からの転換を標榜(ひょうぼう)し、分配重視や新しい「日本型の資本主義」を掲げています。ですが、格差是正や弱者支援を訴えてきた野党の主張とも似ています。与野党で日本社会の目指す方向が一見、近づいてきた感じがしますが。
「新自由主義と決別する」という表現も見られますが、そもそも日本では新自由主義が実現したことがあったとも思えません。
確かに小泉政権の頃に、一部の人たち、例えば規制改革推進会議が「博物館や美術館を民営化すべきだ」と言っていました。
上野の国立美術館などが、例えば印象派展とか若冲展とかを企画するのは、昔の米の配給のように政府による「文化の配給」だからいけない。展示企画はお客が一番入るものが一番いいのであって、民間企業のようにもうけるという視点でやればいいと主張したのです。
これなどは新自由主義、市場原理主義に近いと思いますが、実際にはそうした政策が行われたことはありません。社会保障制度についても、日本では自民党や自公政権、さらに民主党政権に代わっても、守ることで一貫しています。年金や医療の改革をしようとすると、新自由主義だとか言う人がいますが、これは言葉の誤用だと思います。
歴代の政権は、最も大切な社会制度である社会保障をいかに持続可能にするかということでいろいろやってきたわけです。その点では日本は過去、新自由主義の時代だったことは事実としてなかったと思います。
むしろ分配の問題が、与野党を問わずこれだけ議論されるようになったのは、日本型資本主義がうんぬんというよりは、バブル崩壊後の日本経済の長い低迷があったからです。