西洋がイスラム世界とすれ違う
最大の理由

池内 イスラムの世界は、経済発展したところで宗教イデオロギーの力が弱まるということは、経験したことがないんです。理論的にもほとんどない。

 イスラム諸国では、近代的な勉強をすればするほど、豊かになればなるほど、コーランそのものを自分で読んで神の言葉に従おうとする動き、コーランに基づいたイスラム法を実施することへの関心が高まるんです。「我々はイスラム法にのっとったことをきちんとできていなかった」と思うようになる。

 かつてイスラム諸国も、西洋の圧倒的な近代的軍事力や経済力、そして科学が入ってきた瞬間に、ひれ伏したことがありました。ひれ伏して取り入れて、近代的な方法論でイスラム教を勉強したりすると、やっぱりきちんとできていなかったと気づく、こうなるわけですよ。

コーランコーラン(クルアーン)
…アラビア語で書かれたイスラム教の根本聖典。預言者ムハンマドが神アッラーから下された啓示とされる。「コーラン」という言葉は「読誦」(どくしょう)、つまり「読むべきもの」を意味する。114の章(スーラ)からなり、各章は短いもので3節、長いもので286節ある。アラビア語の原文は、神の言葉そのものであるとされ、アラビア語話者にとってコーランの読誦は特別な意味を持つ。イスラム教徒の信仰、日常生活、道徳律の規範であり、イスラム法の第一の法源ともなっている。 Photo:picture alliance/gettyimages

 それは別にタリバンだけではありません。サウジアラビアだって、エジプトだって、イランだって、そうです。ですから、「経済発展すれば宗教イデオロギーの力が弱まるはずだ」「平和になればタリバンが女性の地位を高めるだろう」みたいな話は、まったく当てはまらないんです。西洋とは価値観がまったく異なるんです。私たちはまずそこを理解しないといけません。

 タリバンに限らず、多少厳格にイスラム法を施行しようとすると、人間が欲望に突き動かされてイスラム法を犯す間違いがないよう、男女隔離をしたくなるんです。部屋を2つ作って、男部屋と女部屋を分けようとする。女性を差別しているのではない、男女がなるべく交わらないようにしているのだ、という意識です。いわば男子校と女子校を分けているだけだ、と。

 ところがアフガニスタンのように内戦で荒れていた国の場合、今は我々はお金がないから、まだ男性の部屋しかない。いわば男子校しかないので、とりあえず女性は家から出ないでほしい。でもお金と技術が手に入って豊かになれば、もちろん何でも2つ作って男女別にしますよ――。こう思っているんです。

 それについて私たちは、「女性の権利が制限されていておかしい」と言うわけです。もちろん言うべきです。言えば、イスラム世界の中でも、賛成する人たちも出てくるでしょう。

アフガニスタンに対して
国際社会の気力がなくなってきている

 アフガニスタンが経済的に豊かになったとしても、タリバンからしてみれば、「お金に余裕がでてきたので、これでようやく女性部屋を作ることができる。しっかりと男女隔離をしていこう」ということになる。原油輸出の収入で豊かになったサウジアラビアが、そのお金で男女隔離をあらゆるところでやっていた事例を見れば、そうなる可能性は高いといえます。

 外から見ると「いつまでたっても近代化できない遅れた国」に見えますが、内側からは「経済発展したからしっかりとイスラム化できた」ということになるのです。このギャップは今後も消えないでしょう。

 だからといって、「遅れた国だ」「女性を抑圧している」「そんな政権は懲罰すべきだ」と、空爆したり、政権を崩壊させて別の政権を立てようとしたりするかというと、そうした気力はもうどこの国にもないんです。アメリカさえやめてしまったのですから。

 そうなると、アフガニスタンは、イスラム教の規範に従って彼らなりに幸せにやっていけばいい、と国際社会が放置することになります。そこでは女性の人権は度外視されるし、イスラム法の観点に合わないシーア派は長期的に弾圧され、根絶の危機にさらされるかもしれない。でもタリバンはイスラム法が正しいと思っており、忠実に適用すればこうなると思って自信を持って行う。

 それに対して、「そのような宗教的な信仰はなくすべきだ」「宗教改革を行うべきだ」なんていうことを気力を持って言い続けられるような国はもう出てこない。今後、半世紀は、アフガニスタンに長期的に介入して社会を作り変えようとする外部の勢力は出てこないのではないかと思います。

 となると、私たちは経済制裁などを駆使しながら、タリバンが国際社会に大手を振って出てきて彼らの考え方を広めないように制約をかける、それくらいしかできないのかもしれません。

【鼎談】田原総一朗&池内恵&三浦瑠麗「日本や西洋がイスラム世界とすれ違う最大の理由」三浦瑠麗(みうら・るり)
国際政治学者。東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻博士課程修了、博士(法学)。 東京大学大学院公共政策大学院専門修士課程修了、東京大学農学部卒業。日本学術振興会特別研究員、東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て、2019年より現職。内政が外交に及ぼす影響の研究など、国際政治理論と比較政治とを専門とする。近著に『日本の分断―私たちの民主主義の未来について』(文藝春秋)。 Photo by Teppei Hori

三浦瑠麗(以下、三浦) 国際社会が未来永劫、タリバン政権を低い位置に押しとどめ、タリバンが国連でスピーチすることを認めず、女性の待遇を改善するまでは国際社会へ出てくるなといって経済制裁をしたら、アフガニスタンは貧しいままでしょう。ただ、貧しくとも戦乱の世に比べれば衣食住はある。

 私たちから見れば奴隷的境遇であるかもしれないけれど、戦争に巻き込まれる頻度は減るわけです。

 私はグローバリゼーションが、世界のいろいろなところにある「悲劇の見える化」をもたらしていると思うんですよ。

 あるとき、SNSを見ていたら、インドで女の子が祖父母に殴り殺されたというニュースを見つけたんですね(参考:BBC NEWS『ジーンズをはいたから…インドで17歳少女が死亡』2021年8月2日付)。殴り殺された後、遺体は橋につるされた。祖父母にですよ。その理由が「女の子がジーンズをはきたがって反抗したため」なんです。

 インドのだいぶ田舎にジーンズなんてものがもたらされたのは、グローバリゼーションの結果です。情報化して、グローバリゼーションの恩恵を受けて、ジーンズをはきたいと思う女の子が出現すると、殴り殺されて祖父母に橋につるされるような悲劇も起こる。そして、グローバリゼーションの結果、私たちにもその悲劇がまざまざと見えてしまい、心を揺さぶられるわけです。

【鼎談】田原総一朗&池内恵&三浦瑠麗「日本や西洋がイスラム世界とすれ違う最大の理由」Photo by Teppei Hori

 そういったとき、私たちはもはやそのようなニュースを見たくないと思いますよね。見たら怒ってモヤモヤとしてしまうから。私たちは、どちらかを選べと言われているような気がするんです。

 グローバリゼーションを加速して、アフガニスタンにも同じような人権を享受できるようにしていくのか? 外国の干渉や影響によって戦争や虐殺が誘発されてしまう、という悲劇自体を避けるべきなのか?

 私は、今はもうアフガニスタン問題に対する国際社会の気力がなくなってきているから、後者へ流れるのではないかという気がしています。