「経済政策の議論」を実りあるものにする方法
その上で、第二の基準となるのが、「政策目的」である。
例えば、現金給付については「貯蓄に回るだけで、消費につながらない」という批判がある。しかし、その前に確認すべきは、現金給付が何を「政策目的」としているかである。
消費の喚起が「政策目的」ならば「貯蓄に回るだけだ」という批判は、確かにあり得るだろう。
しかし、現金給付の「政策目的」が、消費の喚起ではなく、コロナ禍で苦境に陥った国民の救済にあるのだとしたら、この批判は成立しない。生活が苦しい国民が、給付された現金を貯蓄に回して、いったい何が悪いのだ。
このように、現金給付を主張するにせよ、反対するにせよ、その「政策目的」が何かをはっきりさせなければ、せっかくの論争も不毛に終わるのである。
第三の基準は「政策効果」である。
例えば、現金給付を長く続けたり、過度に高額の給付を行ったりすると、国民が給付に依存して、勤労意欲を失うという「モラル・ハザード」を招くだろう。
したがって、現金給付の制度は、モラル・ハザードを招かないようなものに設計すべきである。
ところで、国民の大半がモラル・ハザードに陥ると何が起きるか。
国民は働くのをやめて、消費ばかりを増やすわけだから、供給が不足し、需要が過剰になる。要するに、モラル・ハザードは、(デマンドプルの)高インフレを引き起こすのである。
逆に言えば、日本は長期のデフレであるから、現金給付によるモラル・ハザードを心配するような状況にはない。もっと言えば、現金給付が足りなさ過ぎるということだ。
もっとも、現金給付のようにモラル・ハザードによる高インフレを起こすことなく、消費を喚起する効果のある政策もある。政府が、現金を給付するのではなく、仕事の機会を与えて給与を増やすという政策である。具体的には、公共事業を行ったり、公務員として直接雇用したりするのだ。
さらに、現金給付や雇用創出よりも、もっと確実な消費喚起の効果がある政策もある。
それは、消費減税である。
特に、生活困窮者ほど、所得に占める消費の比率が高いから、消費減税こそ、「本当に困っている人たち」を助ける政策となる。
しかし、現金給付について「消費を喚起しない」とか「本当に困っている人たちに限定すべきだ」と主張する論者たちの中で、消費減税を主張する者はほぼ皆無である。それは、言うまでもなく、彼らが財政破綻論者だからである。
このように、現金給付を巡る批判の大半は、「財政の余地」「政策目的」「政策効果」を明確にしないまま、ただ「バラマキ」というレッテルを貼っているだけである。
特に、「財政の余地」に関する理解を間違えているため、「政策目的」や「政策効果」の議論までもが歪んだものになってしまっている。
「財政の余地」について正しく理解すれば、経済政策の議論は、もっと豊かで実りあるものになるであろう。なお、世界で進んでいる最先端の財政論争については、11月16日に発売される『変異する資本主義』で詳しく論じているので参照されたい。
1971年神奈川県生まれ。評論家。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)、『小林秀雄の政治学』(文春新書)、『変異する資本主義』(ダイヤモンド社)など。