ヘルスケア業界は激動の時代を迎えている。超高齢社会での課題は山積。コロナ禍によって人々の価値観が大きく変化する中で安心・安全に健康で生きられる社会をどのように構築していくかが問われている。ヘルスケア企業はどうあるべきか。中央大学大学院戦略経営研究科教授、多摩大学大学院特任教授、名古屋大学未来社会創造機構客員教授で、医師でもある真野俊樹氏に聞いた。

アピール下手なヘルスケア業界。コロナ禍を境にその社会的役割と使命を考え直す 中央大学大学院戦略経営研究科教授
多摩大学大学院特任教授
名古屋大学未来社会創造機構客員教授
医師 真野俊樹氏

1987年名古屋大学医学部卒業。医師、医学博士、経済学博士、総合内科専門医、日本医師会認定産業医、MBA。臨床医、製薬企業のマネジメントを経て、現在、中央大学大学院戦略経営研究科教授、多摩大学大学院特任教授。医療・介護業界について、マネジメントやイノベーションの視点で改革を考えている。

「ヘルスケア企業は、もう少し上手に世の中にアピールすべきだと思います」。開口一番、真野俊樹氏は言う。

「今や経済に限らず、世界全体の流れがESGやSDGsに向かっており、ヘルスケアは本来、それらと関係が深い。コロナ禍でも、ワクチンや治療薬の開発などで世の中の役に立っています」(真野氏、以下同)

 日本は超高齢社会に突入しており、人々の健康意識は非常に高い。そこに今回のコロナ禍である。感染症を含めた病気や健康管理に対する関心は高まる一方である。

 ヘルスケア企業への期待も高まり、低くなることはない。新型コロナウイルス感染症などの新しい感染症やがん、アルツハイマー病など有効な治療手段がない病気への治療法の確立、病気予防や未病への対応など、ヘルスケア企業が取り組むべき課題は多い。

アピール下手なヘルスケア業界。コロナ禍を境にその社会的役割と使命を考え直す

 そもそも多くの医薬品や医療機器などは健康保険による治療が前提になるなど、ヘルスケア企業の事業は公共性が極めて高い。期待が大きい半面、世の中や人々の目も厳しくなりがちだ。正確な情報の開示などの透明性を担保した信頼性のさらなる向上も必要だろう。

 今回の新型コロナウイルス感染症についても、科学的根拠に欠けた陰謀論などさまざまな“俗説”が流布され、パンデミックの混乱に拍車を掛けたのは記憶に新しい。

「世の中には、科学技術を信奉する人もいれば、よりナチュラルに生きたい人もいる。どちらも尊重されるべきですが、昨今は一部の過激な人々の声が大き過ぎるように感じます。逆に言うとヘルスケア企業は、自分たちがやっていることの正しい情報をもっとしっかり発信しないといけない」と強調する。

関心は「衣食住」から「医食住」に変化

 コロナ禍を境に、生活になくてはならないものの重要度も、まるで「衣食住」から「医食住」へと変化したかのようだ。

「コロナ禍以降、世の中が大きく変わったことは2点あります。1点目は、人々の健康や病気への関心が非常に高まったことです。もう1点は、IT普及の面で、日本があまりにもお粗末であることが明らかになってしまったことです」

 健康や医療への関心の高まりは、普通に考えれば正しいことだが、その一方で科学的根拠に乏しいさまざまな意見や情報がネット上に氾濫するようになり、「何が正しいか」を的確に見極める個人のヘルスリテラシーがより求められるようになった。

 本来ならば、ITはそうした面で非常に重要な役割が果たせるはず。ところが日本の場合、困ったことに、そこが思った以上に弱かったことが発覚した。

 コロナ接触確認アプリの不具合、ワクチン接種予約を巡る大混乱など、日本政府や各自治体のITスキルが国際的に見ても劣っていたことが次々と判明し、がくぜんとした人は少なくないだろう。

「ヘルスケアに対する関心が強くなったことと相まってジャンク情報も増えました。正確な情報も広がってしかるべきですが、意外と広がっていない」