氷河期を引き起こすのは「わずかに涼しい夏」だった
1900年代前半、セルビアの科学者ミルティン・ミランコビッチは、他の惑星に対する地球の位置を分析し、氷河期が起こる理由を説明する仮説を考え出した。現在では、この仮説が正しかったことが証明されている。太陽と月の引力は、太陽の周りを公転する地球の軌道の傾斜に穏やかな影響を与えている。この変化は、数万年単位で周期的に発生する。その結果、この長い周期のあいだに、地球の2つの半球が浴びる太陽光の量がごくわずかに変動する。
ここからが面白いところだ。ミランコビッチの仮説では当初、地球の地軸が傾くと、この惑星全体を凍らせるほど寒い冬がやってくると考えられていた。しかし、ミランコビッチの研究を掘り下げたロシアの気象学者ウラジミール・ケッペンが、その変化は”劇的なものではない”という興味深い事実を発見した。
つまり、地球の表面が厚い氷で覆われる原因は、凍えるように寒い冬ではなく、わずかに涼しい夏が訪れることだったのである。
それは地球の地軸が傾くことで夏がわずかに涼しくなり、前年の冬の雪を溶かすほど気温が上がらなくなることから始まる。氷が残ると、次の冬に雪が積もりやすくなる。すると、その次の夏にも雪が残りやすくなり、次の冬はさらに雪が積もりやすくなる。万年雪は日光を反射するので、気温が下がり、冬には雪が多く降るようになる。このサイクルが数百年間続くことで、季節的な積雪が大陸を覆うほどの巨大な氷床に成長し、地球全体が氷に包まれていくのだ。
同じことは逆方向にも作用する。地球の軌道がわずかに傾いて太陽光が少しだけ多く地表に降り注ぐようになると、冬の積雪が溶けやすくなる。すると、翌年には光の反射が減るので気温がわずかに上昇し、翌冬の雪の量もわずかに減る、という具合だ。
小さな変化がこれほど巨大な力を生み出すという事実には、驚嘆するしかない。冷夏で薄い雪が溶けずに残ることは、一見するとごく些細な現象でしかない。だが、このごく小さな変化が、地質学的な基準では一瞬に過ぎないほど短い期間において、地球全体を数キロもの厚さの氷で覆ってしまうほどの巨大な変化を引き起こすのだ。
小さな変化はバカにできない。
それは「資産形成」にも当てはまる
この氷河期が起こる仕組みから私たちが学べる大きな教訓は、「途方もない結果を生み出すのに、途方もない力は必要ない」ということだ。
何かが「複利的」に作用すれば――つまりわずかな成長が将来の成長のための燃料となれば――小さな変化が、常識的には考えられないほど驚異的な変化をもたらすことがあるという事実だ。
その変化はあまりにも巨大なので、人はその可能性や、その変化が起きた理由、それがどんな結末をもたらし得るかについて、真剣に考えようとしない。それは、資産形成についても当てはまる。
(本原稿は、モーガン・ハウセル著、児島修訳『サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット』からの抜粋です)
ベンチャーキャピタル「コラボレーティブ・ファンド社」のパートナー。投資アドバイスメディア「モトリーフル」、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の元コラムニスト。
米国ビジネス編集者・ライター協会Best in Business賞を2度受賞、ニューヨーク・タイムズ紙Sidney賞受賞。妻、2人の子どもとシアトルに在住。