今必要なのは「テクノロジーのイノベーション」よりも「社会実装のイノベーション」だPhoto:Yukinori Hasumi/gettyimages

AI、ブロックチェーン、IoT、スマートシティー、自動運転――。この10年でこれらのキーワードを目にすることは飛躍的に増えている。非営利・独立系シンクタンクの一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブがテクノロジーの社会実装に関して国内外の成功・失敗例を分析したところ、今の日本に必要なのは注目されがちな「テクノロジー」のイノベーションではなく、むしろ「社会の変え方」のイノベーションではないか、ということが見えてきた。つまり、新しいテクノロジーを社会の中でどうやって包摂するかの「社会実装」という観点がなければこれらのテクノロジーを生かすことはできないのである。(東京大学産学協創推進本部 FoundX ディレクター 馬田隆明)

※本稿は書籍『未来を実装する テクノロジーで社会を変革する4つの原則』(英治出版)の内容を抜粋・一部再編集しています。

危機が起こるたびに
テクノロジーの社会実装が一気に進む

 社会実装は、大きく2つのシーンに分けて考えたほうがいいでしょう。「平時の社会実装」と「有事の社会実装」です。

「平時の社会実装」は比較的通常の生活を送ることができる時期の社会実装、「有事の社会実装」は特定の危機を前にしたときの社会実装と考えてください。

 有事としては、戦争や災害、感染症といったものが挙げられます。差し迫った危機、そしてそこから生まれたこれまでとは異なるデマンドに対して、技術が劇的に発展したり、人々が技術を急速に受け入れたりすることはしばしば起こります。

 たとえば明治維新では、人々は刀を捨て西洋の技術や医療を積極的に受け入れることになりました。1923年の関東大震災は、地震で旧来の建物が倒壊し、東京が近代的な都市計画を推し進めることを促しました。第二次世界大戦は技術を発展させ、戦後にはそこで培われた様々な技術が生活に導入されていきました。電子レンジなどの原理は、軍事用レーダーの開発の途中で発見されたと言われています。

 近年も2008年前後の金融危機の後に、金融機関が自らこれまでの行為を反省し、スチュワードシップコードを制定する動きが加速しました。社会貢献を意識し始め、ESG投資が一大トピックになったほか、経済の再興を促そうと諸外国ではスタートアップが盛んになりました。

 現在、未曽有の危機が世界中を襲っています。SARS-CoV-2と呼ばれる新型コロナウィルスと、その感染症であるCOVID-19という災厄が人々の命を脅かし、世界中で多くの都市が封鎖され、人々はこれまでにないほどの行動制限を受けました。病院は患者で溢れ、医療崩壊に近い状況が各都市で起こり、従来であれば助けられた他の病気の人々の命すらも失われる事態が世界中で起こっています。

 一方で、新型コロナウィルスに対抗するために、テクノロジーの社会実装が進み始めています。たとえば通勤時や会社内での人の接触を避けるため、リモートワークが推奨され、人々の一部は自宅で働くようになりました。これまで遅々として進まなかった「はんこ」の見直しと電子署名の普及も官民一体となって始まっています。大学の授業は遠隔で行われるようになり、授業の参加者数はオフラインのときを超える授業もあるほどです。

 このように感染症対策としての非接触を促す技術が続々と社会に普及し始めることで、これまで遅々として進まなかったテクノロジーの社会実装の一部が一気に進みつつあります。

 他国の様子を見ていると、EC(ネット商取引)やスマートフォンの機能を使った食品デリバリーの需要が一気に増しているほか、オンライン教育やインターネット上でのエンターテインメントに投資が集まりつつあります。コールセンターがパンク気味になったため、AIを使ったソリューションの導入も加速しています(※1)。配達や消毒のために自動運転の車が走るようになった街もあるようです。スペインでは、警察も接触を極力避けるために、ドローンによって外出の監視を行おうとしている都市もあります。日本でも神戸市がスピーカー付きドローンによる市民への呼びかけを行ったり、東京都や神奈川県では療養施設でロボットが導入されたりしたことがニュースになりました。

 今後も危機が起こるたびに、何らかのテクノロジーの社会実装が一気に進むかもしれません。しかし、それにはいくつかの条件がありそうです。本コラムではその条件と、その条件を満たした上でどのように有事の社会実装を進めるべきかについて、見ていきます。