京都大学の校風は、自由(人によって自遊)といわれ、それゆえ創造性や革新性に富んだ人材を多数創出しているといわれてきた。実際、ノーベル賞受賞者の出身大学について、まず学部卒で見ると、京都大学8人、東京大学6人、名古屋大学3人で、大学院修了で見ると、京大5人、東大4人、名大3人と、いまなお京都大学が第1位の座にある。

 こうした京大の創造性や独自性は、間違いなく京都というメタ文化の影響であろう。実際、オムロン、京セラ、佐川急便、島津製作所、日本電産、任天堂、堀場製作所、村田製作所、ロームなど、成功したベンチャー企業として紹介されてきた会社の創業の地である。先ほどのノーベル賞受賞者で言うならば、湯川秀樹氏、朝永振一郎氏は、京都大学以前に、京都府立洛北高校(旧府立京都第一中学校)の卒業生だったりする(2人とも東京生まれ)。

 リチウムイオン電池の開発が評価され、2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏も京都大学の卒業生だが、シリコンバレーと京都の類似点を次のように述べている。まず、ベンチャービジネスが生まれてくる土壌、具体的には人材と資金が集積している。第2に、未来を語り合う場が整っている。第3に、芸術と文化が身近にある。第4に、人と人との距離が適度に保たれている。そして最後に、基軸となる大学、すなわちスタンフォード大学と京都大学が存在している。

 このほど京都大学の協力を得て、総長の湊長博氏と京都大学を卒業したビジネスリーダーたちとのシリーズ対談が実現した。その第1回は、1978年工学部卒のNTT代表取締役社長、澤田純氏をお招きした。対談では、まず原点回帰の必要性から始まり、目的と手段の混同という罠、非連続的飛躍とリーダーの役割、自由と規律のバランス、IOWN構想、産学連携の次なる形、技術進歩のジレンマ、超高齢社会の課題など、トピックスは多岐にわたったが、特筆すべきは、ビジネスの現場ではあまり議論されない、しかしだからこそ顧みるべき問題提起が多々あったことである。

原点回帰──
「社会に必要とされる」存在

編集部(以下青文字):京都大学は1897年に建学され、2022年に創立125周年を迎えます。2020年、湊先生は総長に就任された際、「原点回帰」というスローガンを掲げています。

原点回帰、自由と規律、<br />集合知のイノベーション京都大学 総長
湊 長博

NAGAHIRO MINATO京都大学総長。医学博士。京都大学医学部卒業後、米国アルバート・アインシュタイン医科大学研究員、自治医科大学助教授などを経て、京都大学医学部教授に就任。以降、2010年同大学医学研究科長・医学部長、2014年同大学理事・副学長、2017年10月同大学プロボスト等を歴任し、2020年10月より現職。免疫細胞生物学の多彩な基礎研究を展開、2018年ノーベル生理学・医学賞受賞者本庶佑教授の共同研究者として新しいがん免疫療法の開発にも貢献。220を超える原著論文のほか、訳書に『免疫学』(メディカルサイエンスインターナショナル、1999年)などがある。

湊:私は、研究者として40年以上、研究に勤しんできました。研究者というものは、日々の生活の中で疑問を抱き、課題を見出し、そこから研究が始まります。研究をより効率的に進めるには、新しい技術や手法を積極的に利用することが重要です。しかしそこには、ある種のトレードオフが存在します。つまり、技術進歩のスピードが研究の進捗を上回り、いつの間にか技術の虜となり、当初の問題意識や研究の目的がなおざりにされかねないことがありえます。もちろん、技術が先行すること自体はけっして悪いことではありません。

 研究者は、自身の研究に没頭しながらも、時には立ち止まって、所期の目的を思い出し、そこから外れていれば軌道修正することを忘れてはなりません。とはいえ、頭でわかっていてもなかなかできないもので、私が原点回帰と掲げたのには、そもそもこういう思いがあり、翻っては大学という組織も建学の精神やその存在意義に立ち返る必要があると考えた次第です。

澤田:企業組織も同じです。ご指摘のように、目的と手段が混同され、目的が傍に置かれ、手段に傾いてしまうことがよくあります。

 企業の規模が大きくなると、どうしてもサイロ化しやすく、個々の部門が自分たちだけの目的や目標を設定するようになります。こうした能動的な行動は奨励すべきことなのですが、湊先生がおっしゃるように、いつの間にか手段が目的化してしまう。

 その結果、それぞれ目の前の仕事に一生懸命に打ち込むのですが、お客様や社会に提供する価値もピントがずれてしまったり、足並みが揃わなかったりして、最終的な成果に結び付かない。だからこそ、企業にも原点回帰は不可欠ですし、また時代の変化の中で、問い直すことが求められます。

 これまで公開企業は、株主第一主義の下、短期的な利益を最大化することが主たる目的でした。しかし近年、マルチステークホルダー論、すなわち株主のみならず、顧客や社員、地域社会、地球環境など、多様な関係者の利害を尊重するという考え方が台頭しています。ですが、日本企業の原点には、自分たちの利益だけでなく社会全体の利益に貢献する、こうした公器としての役割がありました。