細菌学者のマイケル・J・ブレイザーはピロリ菌陽性の患者が陰性患者に比べ、胃がんによる死亡者数は多いものの、脳卒中や心臓系疾患、さらには他のがん、肺がんや食道がん、すい臓がんなどの死亡率が低いことを発見したのだ。人間の体は簡単ではない。こっちが悪でこっちが善、悪を切れば善が残るというわけにはいかないらしい。

 しかも最近の研究によると、ピロリ菌陽性者は胃がんになる可能性が高いが、除菌しても胃がんになる人が次第に増加してきたことがわかってきた。100パーセント有効な予防法ではないということだ。なぜかというと、除菌によって初期の胃がんが発見しづらくなり、ごく初期の胃がんが「ステルス化」してしまうことが影響している。

 ピロリ菌を除菌すると胃酸の分泌が増加し、胃の粘膜が厚くなる。その結果、粘膜が胃がんの部位を覆い隠してしまい、内視鏡で見つけづらくなる。そのため、がんが進行し、悪化する。ピロリ菌で発生する胃がんは分化型胃がんといい、悪性度は高くなく、本来なら検査で早期に発見すれば完治するのだが、ステルス化することで発見が遅れる危険性もある。

 逆流性食道炎も増える。除菌すると胃酸過多になるのだ。胃酸過多になると咽喉頭がん、食道腺がん、噴門部がんが発生しやすく、これが治りにくい。胃がんよりも厄介なのだ。

 それゆえピロリ菌の除菌は必要ないという専門家も出てきた。そもそも、ピロリ菌の感染は経口感染で、5歳までといわれる。5歳を過ぎると胃酸の分泌が盛んになり、入ってきたピロリ菌を除去してしまう。したがって、5歳までピロリ菌に感染しなければ、ピロリ菌が胃に定着しないのだ。

 ピロリ菌は水とヒトから感染する。上下水道が普及し、陽性率の高い高齢者と孫が一緒に暮らすことが少なくなった。その結果、年々ピロリ菌陽性者は減っており、わざわざ除菌しなくても将来的にピロリ菌患者はいなくなってしまうらしい。