日本では過敏性腸症候群は年々、増加傾向にあるが、背景にはそうした機能性食品の影響があるのではないかと宇野医師は危惧している。

「赤ちゃんの時は善玉菌が多く、年を取ると悪玉菌が増えるといわれてきました。実際にそうなのですが、それぞれの理由は違います。善玉菌といわれるものは赤ちゃんが普通の食事をするまでの間に必要なだけで、食事が大人と同じになれば不要になって減ります。そして悪玉菌といわれるものは、実は長寿の人に多い菌なのです」

 つまり赤ちゃんの時に必要な菌を大人になっても増やすことは、逆に健康に良くないらしいのだ。年齢に応じて腸内環境は変化する。ビフィズス菌と乳酸菌を増やせばいいというものではない。

 一方、高齢者が善玉菌を飲むことは、良くも悪くもないという結果があるという。

「約310人の平均85歳の高齢者を対象に1年間、毎日乳酸菌とビフィズス菌を飲ませた結果が2020年、英国のオックスフォードなどの3大学から報告されましたが、感染症のリスクも死亡率も善玉菌を飲んでいなかった人とまったく同じでした」

年齢に応じて異なる
適切な腸内環境

 健康な人は肌も体内も弱酸性。不健康になると酸性になったりアルカリ性になったりするといわれる。赤ちゃんの腸内はpH4.5~5.5の弱酸性、大人の腸内はpH5.5~6.0で中性から弱アルカリ性だから、赤ちゃんは健康で大人は不健康というのが大多数の見方なのだが、間違っていると宇野医師。

「過敏性腸症候群では腸内のpHは健常者に比べて酸性に傾きます。一般成人よりも弱酸性に近くなるんですね。pHが下がる(=酸性に傾く)と大腸の半分が動かなくなり、左下の腸がけいれんします。過敏性腸症候群でみぞおちが張って、左下のおなかが痛くなる理由です」

 赤ちゃんと同じレベルのpH4.5~5.5になると成人の大腸は動かなくなったり、けいれんしたりする。赤ちゃんの腸が健康で大人の腸が不健康というのは、無垢(むく)なる赤子のイメージかもしれないが間違っている。人間には年齢に応じた適切な腸内環境があるのだ。

「善玉菌説がいわれた頃は、細菌の同定は培養法だけで行われていて、その頃は腸内には100種の菌が存在するというのが常識でした。しかし、2011年から、腸内細菌の遺伝子解析が行われるようになって、なんと1000種類以上の菌があり、90%の菌の働きがわからない。総数は100兆個ともいわれ、それが相互に作用して腸内環境を作っている。さまざまな菌がコロニーを作り、優勢になったり劣勢になったりするのが腸内環境で、ある種類の菌が多いと健康になるというものではないのです」