「売らない店」と呼ばれる売り場が増えています。特に目立つのが、マルイや大丸といった百貨店が展開している体験型のスペースです。その出店者の多くは、自社製品をネット直販で消費者に届けるD2C(Direct to Consumer)と呼ばれるスタートアップ。戦略も文化も異なる百貨店とD2Cブランドとの協業は、期待通りの成果を生むのでしょうか。カスタマージャーニーや顧客体験の観点から、「売らない店」の役割と課題について解説します。(グロービス経営大学院教員 山口英彦)
百貨店が相次いで
「売らない店」に注力するワケ
2020年に始まった新型コロナウイルス感染拡大により、実店舗型のビジネスは大きな打撃を受けました。百貨店も臨時休業や営業時間の短縮などを余儀なくされ、業績悪化に見舞われた業態の一つです。そんな百貨店業界で今、商品を販売するのではなく体験を提供することを主体とした「売らない店」の展開が活発になっています。
百貨店業界の中でも特に「売らない店」に積極的なのが、丸井グループ(以下マルイ)です。同社は2026年3月期までに、「売らないテナント」を売り場面積の3割まで引き上げる方針を表明しています。既にオーダースーツの「FABRIC TOKYO」やパーソナライズシャンプーの「MEDULLA」などが入居し、スーツの採寸やヘアカウンセリングといったサービスを提供しています。ただし原則として店頭での物販は行わず、購入は各社のECサイトを使ってもらう仕組みです。
そのため、通常店舗のように売上金額に応じた収入がマルイ側に落ちる仕組みではありません。その代わり、自社カードであるエポスカードでのEC決済を促すことで、マルイにとっては金融事業の収益増につながっています。
マルイの他にも、大丸松坂屋の「明日見世」やそごう・西武の「CHOOSEBASE SHIBUYA」といった百貨店の取り組みは、収益モデルや販売方法は多少異なるものの、多数のD2Cブランドを誘致した体験型店舗という点で共通しています。
では、百貨店にとって「売らない店」を誘致するメリットは何でしょうか。
マルイは先述したような収益機会の創出(自社クレジットカード利用促進による収入)に加えて、店舗での顧客データ取得を狙っています。具体的には店舗における顧客の行動データをカード情報とひも付けて販促に生かす、出店者にデータを還元して商品開発に役立てる、といった活用方法が想定されています。
また新興のD2C(Direct to Consumer)ブランドの出店は話題性もあり、集客効果も見込めるでしょう。特に、これまで百貨店とは距離があったZ世代などの若年層との接点づくりとして期待されています。
それでは、「売らない店」に出店するD2C側の狙いは何でしょうか?