20年秋、早稲田大学野球部は15年秋以来10季ぶりのリーグ優勝を果たした。

 例年のような神宮のマウンドでの胴上げではなかった。「新型コロナウイルス感染防止対策」で球場での胴上げは禁止。監督が宙に舞ったのは早稲田大学構内の特別室だ。母校への優勝報告の後のことだった。

 その胴上げを小宮山は固辞した。神宮でだめなものを学内でというのも気が引ける。だが部員たちは「約束ですから」と笑顔で体を寄せてくる。そのときのキャプテン・早川隆久(現・東北楽天ゴールデンイーグルス)が「優勝して監督を胴上げしたい」と雑誌にコメントしていたのだ。「では3回だけ」と小宮山は応じた。

 特別室の天井が目に入ったとき、思い出すのは現役時代のことだった。

 09年9月27日、よみうりランドのジャイアンツ球場。イースタンリーグのジャイアンツ対マリーンズの最終戦だ。現役引退を表明していた小宮山は中継ぎで登板し、試合後にチームメイトに胴上げされた。

「自分の体重が消えるような感じでした。時間よ止まれ、と思ったくらい。その後に千葉マリンでも胴上げしてもらいましたけど、あのときを超えるものはいまだにありません」

 一昔前のことに思いをはせるくらいに、小宮山は冷静だった。

 胸は熱い。神宮から早稲田に移動するまでに、どれだけの祝福の声を聞いただろう。早慶戦をスタンド観戦していた田中愛治・早稲田大学総長からも最大級の賛辞を受けた。

 1‐2とリードされた9回表、2アウト。そこからの7番熊田任洋のクリーンヒット、そして8番蛭間拓哉の逆転ホームラン。二人とも初球を振り抜いた。1球目は見逃して様子を……などとは考えない。「これぞ一球入魂!」と小宮山の胸も弾けた。

 その裏の攻撃を守り切ったエース早川の力投。そして、監督自身の男泣きの勝利インタビュー。

 神宮の熱気は早稲田の杜までずっと続いている。それでもなお、監督の頭は冷えていた。

「そんなチームにはまだまだ育っていない。そのことを、部員たちは感じてくれるだろうか」

 日々の練習、試合での立ち居、そして生活態度。小宮山から見ればまだまだ。早稲田大学野球部の本来あるべき姿ではない。このくらいで優勝できる、などととらえてもらっては困るのだ。

 このときの小宮山の偽らざる心境である。