韓国経済のスペシャリストに聞く「韓国財閥が“争族”になる理由」

ロッテにおける事業承継をめぐる騒動の原因を探る際に、一つ忘れてならないことがある。それは韓国の財閥が内包している構造的な問題だ。その成り立ちや、李氏朝鮮時代からの伝統的な考え方などが絡み合いながら相続が「争続」になりやすい背景を生み出しているという。韓国経済の分析家として著名なジェトロアジア経済研究所の安倍誠・新領域研究センター長に、財閥における事業承継の課題などを聞いた。(ライター 船木春仁)

GDPの8割を上回る規模の財閥売上高と、政治権力との対峙

  韓国の公正取引委員会は毎年、総資産額が5兆ウォン(1ウォン=0.1円で5000億円)以上の企業集団を「大企業集団(財閥)」として、誰がオーナー(総帥、会長、同一人などと言う)なのか、資産額はいくらか、系列企業はいくつあるかなどを調査、公表している。財閥の強大な事業活動を監視、規制するための措置である。

 さらに大企業集団のなかでも、総資産額が10兆ウォン(1兆円)を超える集団を「相互出資制限企業集団」に指定し、その名の通り、同一企業集団内での相互出資などに厳しい制限を課している。

 図表1は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受ける前の2019年に公表された調査結果で、大企業集団は64(社、グループ)あり、そのうち総資産額が10兆ウォン以上の「相互出資制限企業集団」は34だった。その系列企業数は1421社で、総資産の合計額は1846兆ウォン。

 2019年の韓国の国内総生産(GDP)は、1791兆ウォンであり、34社の総資産額は一国の年間GDPを上回るほど巨額になっている。

 韓国における大企業集団の経済パワーの巨大さは、次のような数字からもうかがえる。企業財務の専門分析機関である韓国COX研究所が公表した「2019年 大企業集団の64グループが韓国経済におよぼす影響」によると、64社の系列企業2284社の総売上高は韓国の名目GDPの83%に相当する規模になっている。

 一方で、その従業員数が雇用保険加入者数に占める割合はわずか11.4%にすぎない。限られたエリートによって経営される財閥グループが、韓国経済の命運を握っていると言っても過言ではないのだ。

 そもそもサムスンや現代(ヒュンダイ)、SK、LGといった「名門財閥」は、朝鮮戦争後に本格的に事業を拡大した。韓国は、1960年代の後半から朴正熙(パク・チョンヒ)大統領が進めた開発独裁体制(*1)の下、「漢江(ハンガン)の奇蹟」と呼ばれる経済成長を実現した。その成長を象徴するのが「官治経済」という言葉であり、その結果としての財閥の伸張があった。

 官治経済とは、国が国営銀行の融資などを通じて企業活動をコントロールし、さらに許認可を通じて事業への参入を規制する経済体制だ。言葉を変えれば、韓国財閥は、国のコントロールを受けつつも厚い庇護下にあり、政経癒着ともとれる体制の下で成長を成し遂げたのである。

 しかし先にも紹介したように財閥が、GDPの8割に相当する規模にまで売上高が巨大化したことによる数々の弊害が明らかになった。

「特に1997年のアジア経済危機以降は、政治権力の力でコーポレート・ガバナンスの改善が進められ、財閥改革は今なお重要な政治課題とされている」(安倍氏)

 財閥の強大すぎる富と権力をめぐっては、経済牽引力への優遇と支配力に対するけん制のバランスの取り方が歴代政権で大きな課題になり、同時に、創業者から2世、3世への事業承継の過程では、オーナー一族内での経営権や相続財産をめぐる骨肉の争い「争続劇」を生み出す一つの要因にもなっている。

*1 経済発展を優先するために国民の政治参加度を制限する独裁体制のこと