日本の年金制度にインストールされている
“朝三暮四”の怖い仕組みとは

 それが、年金の「マクロ経済スライド条項」というものです。

 年金の受給額は、賃金が下がると連動して減少します。これが冒頭にお話ししたことで、コロナ禍で賃金が下がっていることを踏まえて、2022年度は2年連続で年金受給額は下がることが決まっています。

 ところが、年金の「マクロ経済スライド条項」ではインフレ時は物価が上がっても、受給額は物価と同じように上がるわけではないことが決められています。これを「スライド調整率」といいます。

 つまり、仮に物価が2%上がったとしても、年金受給額が同様に2%上がることはない。年金受給額は、物価の上昇率(2%)から、「スライド調整率」を差し引いた分しか上がらないことが法律で決まっているのです。

 もともとこの条項は、将来インフレになったときに社会保障財政が破綻しないように決められました。これまでは、日本経済はデフレが続いていたので問題になることはありませんでした。ところが、2023年はインフレが進み、年金受給額に対して、いよいよこの「スライド調整率」が発動されそうなのです。

 なにしろ生産者物価指数は、昨年12月、今年の1月と2カ月続けて約8%も上昇しています。小麦、トウモロコシの国際価格上昇で、パスタやパン、サラダオイルなど食料品の値上げラッシュが予定されています。原油価格が上昇し、ガソリンだけでなくプラスチック製品の価格も高くなっているのに加えて、足元では1ドル=118円と大幅な円安が進行しています。海外から輸入した商品で成り立つのが我が国の経済ですから、今年の消費者物価指数は大幅なインフレになることが確定的です。

 物価が上昇することで、年金生活者は今年後半ぐらいから生活が苦しくなるでしょう。来年度になると、ようやくそこから年金受給額が引き上げられるのですが、「その引き上げ幅は、物価上昇よりも低い」と決められている。つまり、“朝三暮四”でいう“暮四”が“暮三”に減ることが既に法律で決められているのですが、多くの年金受給者はそれを知りません。

 そこで、冒頭のニュースです。年金受給者の生活が困窮するといけないので選挙前に5000円を支給すべきだと言う政策が浮上した。これはあえてざっくり言うのであれば、「“朝三”を“朝四”に増やそう」という政策提言です。

 有権者はこの政策に対して喜んで選挙に臨むのでしょうか、それとも怒りに立ち上がって選挙に臨むのでしょうか?

 行動経済学によれば人類はだいたい前者だといわれていますが、日本人はどうでしょう。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)