ロシアは、ウクライナに対して事実上の「無条件降伏」と「非武装中立」を求め続けてきた。少し妥協の姿勢が見えてきたという情報もあるが、基本的には非常に強硬な態度は変わっていない。しかし、実はロシアは頭を抱えているのではないか。まったく先の見えない、「進むも地獄、引くも地獄」な状況に陥っているからだ(本連載第298回)。今回の侵攻でのロシアの当初の望みを考えると、ロシアが強硬な態度を続ける意味はあるのか。(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)
ウクライナのNATO入りを絶対に容認できない3つの理由
ロシアは、東西冷戦終結後、その勢力圏を東ベルリンから、ウクライナ、ベラルーシのラインまで大きく後退させた。東欧の旧共産圏、バルト3国は民主化し、NATO(北大西洋条約機構)加盟国となった。だから、たとえ、ウクライナを制圧しても、それはリング上で攻め込まれ、ロープ際まで追い込まれたボクサーが、やぶれかぶれで出したパンチがたまたま当たったようなものにすぎない(第77回)。
だから、ロシアが最低限、絶対に譲れないこととは、約30年間続いたNATOの東方拡大を止めて、ウクライナをNATOに加盟させないことだ。ウクライナだけは、自らの影響圏にとどめておきたいのである。
ロシアが、ウクライナのNATO入りを絶対に容認できない理由は、主に3つあると考える。
まず、よく指摘されているように、ロシアがNATOとの間の緩衝地帯を失ってしまうことだ。ロシアは、直接NATOと国境を接して対峙することになる。ウクライナに、ロシアの主要都市や軍事基地を直接狙う核兵器を配備される可能性があるという、安全保障上の脅威が増すことになる。
次に、ロシアが重要な「凍らない港」を失ってしまうことだ。寒いロシアは、世界に海軍を展開するための「不凍港」の確保に苦労してきた歴史がある。ウクライナがNATOに入れば、ロシア海軍はNATOによって黒海に封鎖されてしまう懸念がある。
例えば、映画「戦艦ポチョムキン」(1925年に制作されたソ連のサイレント映画)で有名なオデッサ港などにNATO加盟国・英国艦隊などが駐留する。それにより、ロシア艦隊は、黒海から地中海を経由して世界に展開することを妨げられる。2014年にロシアがクリミア半島を制圧した理由の一つが、重要な軍港の確保だったと考えられる。
三つめの理由は、ウクライナにおける自由民主主義の浸透だ。自由民主主義が広がると、プーチン大統領にとって都合の悪い事態になるのだ。それがこの戦争をやめられない理由でもあり、権威主義の脆さも見えてくる。