平成の「失われた30年」で老化が進行した我が国に、イノベーション創出による再活性化が必要なことは論をまたない。カーボンニュートラルをはじめとしたグリーンエコノミーという新たな巨大市場においても、イノベーションなくしては勝者たりえない。だが、イノベーションは「野生化」する性質を持っており、それを飼い慣らすのは至難の業である。野生化したイノベーションをいかにマネジメントし、再成長へと結び付けていくべきか。イノベーション研究で最も権威ある国際的な賞の一つ「シュンペーター賞」を受賞した、清水洋教授に聞く。
事業の性質ごとに
必要なイノベーションは異なる
編集部(以下青文字):経済学者のシュンペーターが著書『経済発展の理論』でイノベーションという概念を提唱してから100年以上が経ちます。この概念は20世紀の経済学のみならず、現代の経営学にも大きな影響を与えていますが、イノベーションが持つ本質的な特性とは、どのようなものですか。
清水(以下略):私は、イノベーションは「野生化する」と言っていますが、イノベーションはビジネスチャンスがある方向へと自由に移動していきますし、人の手でコントロールしようとする、つまり飼い慣らそうとすると、性質が変化したり、うまくいかなくなったりします。
また、イノベーションには創造と破壊の両面があります。いままで企業は経済成長をもたらす創造的側面のみを目標にしてきました。創造的側面には生産性や競争力の向上がありますが、補完的な技術や制度の整備などが必要なため、その恩恵は少しずつ時間をかけて社会に広まっていきます。
一方、イノベーションには既存のものを陳腐化させる破壊的側面があり、新しいものに代替される技術や製品などが否応なく出てきます。それによって、ネガティブな影響はすぐに局所的に出ます。そのため、ネガティブな影響を受ける人たちは、イノベーションの浸透を妨げようとします。いわゆる、抵抗勢力です。
ただ、イノベーションは加速度的に進む特徴もあります。新しい知識が大切だからです。R&Dなどの知識に投資すれば、知識そのものは、多くの人が同時に使っても減ることはなく、競合することもないので、その知識を使ってさらに新たな機会や知識が生み出される好循環が起こり、後続の研究や新しいビジネスチャンスが創出され続けます。こうしてイノベーションは逓増します。
またイノベーションが起こると市場の拡大や技術の発展で、市場と技術の間や技術と技術の間のバランスが崩れます。このインバランスを是正するために、新たなイノベーションが局所的に群生することになります。
イノベーションを飼い慣らせないなら、企業はどのようにイノベーションと共生し、成長の果実を得ていけばいいのでしょうか。
ある程度までなら、飼い慣らすこともできます。ポートフォリオマネジメントを例に説明しましょう。
ポートフォリオマネジメントの手法としてよく知られているのは、事業を「市場の成長性」と「自社のシェア」の2軸で4分類するものです。成長性もシェアも高いのが「花形」、成長性は低いがシェアは高いのが「金のなる木」、成長性が高いのにシェアが低いのが「問題児」、そして成長性もシェアも低いのが「負け犬」です。
「金のなる木」と「問題児」では、必要なイノベーションの質が根本的に違います。「金のなる木」や「花形」は事業の柱なので、いまの強みを前提とし、既存の事業を強化するような累積的なイノベーション、それも、あまりお金をかけない、改良的なものを目指すべきです。
逆に、企業の長期的な存続と発展にとって大切な「問題児」は、新規性の高いイノベーションが求められます。「金のなる木」で得られたキャッシュを「問題児」に投資することで、新規性の高いイノベーションを生み出すことが必要です。
また、イノベーションを起こす過程で、「問題児」は試行錯誤を繰り返さなくてはなりません。ですから、成功へのステップとして失敗は許容すべきです。しかし、「金のなる木」で失敗を許容しすぎると、企業の屋台骨を揺るがしかねません。このようにイノベーションの質が違うので、当然、マネジメントの仕方も違ってきます。
ですから、「全社挙げて革新的なイノベーションに取り組め」と、経営トップが号令をかけるのはやめたほうがいい。「金のなる木」で「問題児」と同様に試行錯誤を繰り返したら、かえって強みを失い、キャッシュが枯渇する可能性があります。