
日本の政府債務残高対GDP比は、太平洋戦争末期の水準を超え、先進諸国で最低ランクだ。しかし、選挙前になると、お金のばら撒き政策ばかりが喧伝される。借金返済の先送りでは日本の未来は拓けない。地政学リスクや災害などへの備えも必要だ。令和臨調で運営幹事や財政・社会保障部会の共同座長を務める中空氏に、新著に込めた思いを聞いた。前編に続く後編は、令和臨調の提言や危機への備えについてである。(取材・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪 亮、撮影/嶺 竜一)
バブルが弾ける直前まで
投資する投資家
――中空さんは、令和国民会議(令和臨調)では運営幹事の一人です。個別部会の財政・社会保障部会では共同座長を務めています。6月の提言(概要は下の囲み参照)は、本書『金利上昇は日本のチャンス』の内容といくつか重なります。令和臨調の提言では、「公的債務の負担を次世代に先送りすることは、将来世代の政策の選択肢を狭め、選択の自由という民主主義の基礎を損なう」と指摘されています。先送り問題はこのインタビューの前編で伺いました。財政再建の重要性については、「大規模な自然災害など有事への対応にも財政余力が必要である」とも論じられています。
前述(前編)の政府債務残高に関してもそうですが、危機意識の醸成、そして平時の備えの必要性を社会全体に浸透させていくことはなかなか難しいと感じます。
例えば、政府の地震調査委員会は、南海トラフ大地震が30年以内に起きる確率を今年1月に80%程度に引き上げることを発表しました。政府はまた、大地震が発生した際の被害予測をCGを使って視覚的に示しています。認知は少しずつ広がっていると思いますが、その対策として何をどうしたらいいかという話になると、関心が薄れてしまう。
東日本大震災を思い出せば、莫大な救援活動・復興のための費用がかかることは自明です。そのための財政的バッファーを確保しておくことが今できる最低限のことです。でも、繰り返しますが、平時に国全体に危機感を醸成することは本当に難しい。
――そこで、「2.中期の財政フレームワークの導入」や「3.毎年度の予算編成時の歳出ルールの設定」を取り決めることを提言しています。フレームワークやルールで、国の借金の膨張を抑える案です。
複数年度にわたる戦略的な予算配分や施策の優先順位を明確化するとともに、補正予算や基金の膨張による予算の枠組みの形骸化に対処するため、「中期財政フレーム」の導入を提案しています。
具体的には、1つ目として、戦略的な政策目標に基づく 3 年間程度の「中期財政フレーム」を作成し分野ごとに歳出総額(当初予算・補正予算の合計)を設定する。
2つ目として、政策目標の達成について毎年進捗を検証し、達成度が低いものについては、期間中でも廃止・縮減する。
3つ目として、期間中、巨大地震・パンデミック・深刻な景気後退などの緊急事態に対応する場合を除き、原則として歳出総額の改訂は行わない。
――今日では、補正予算を組むことが当たり前になり、その効果などについて十分に検証されていないということが常態化しています。予算を確保したら手放さないというのは、人間の“性(さが)”ですね。
「毎年度の予算編成時の歳出ルールの設定」では、「2025 年度以降について、歳出改革方針を具体的に示すとともに、歳出ルール並びにルールを遵守するための制度を導入すべき」と提言しました。
具体的には、「新たに恒久的な支出や減税を行う際には財源も確保する」と「中期財政フレームを遵守できない場合は、原則、翌年度に是正措置を講ずる」です。
――例外的に税金を使うのだったら、その分の穴埋め策をしっかり立てて、実行する。
こうしたことは、私も長年必要だと思ってきましたし、いろいろな場で申し上げてきました。国の借金の深刻さについて理解されている方は多いと思います。
国のお金を使う話のほうが、多くの人にとって心地良いはずです。借金返済は自分たちの責務ではないと考えるならば、楽な選択をしてしまうのは自然なことかもしれません。
しかし行き着く先は、将来増税を受け入れて借金を返済するか、福祉などの分配分を削るか、天災や有事の際の備えを過小のまま放置するか、ということになるわけです。その事実を、国民皆が知り、納得して受け入れているのでしょうか。
この点は、伝え方がとても大切だと思います。そういう気持ちもあり、今回、『金利上昇は日本のチャンス』は平易な表現で書きました。
令和臨調の提言「持続的な社会の発展のための財政規律」の概要
1.長期の「財政健全化目標」の設定
(1) 債務残高比率の具体的な引き下げ幅と時間軸:有事に備え一定の基準を設けて平時において財政上のバッファーを創出する。
(2) 基礎的財政収支(PB)の一定水準の基調的な黒字化:(1)の目標を達成するために必要な黒字水準を GDP 比等で設定する。
2.「中期財政フレーム」の導入
(1) 戦略的な政策目標に基づく 3 年間程度の「中期財政フレーム」を作成し分野ごとに歳出総額を設定する。
(2) 政策目標達成の進捗を毎年検証し、達成度が低いものは期間中でも廃止・縮減する。
(3) 巨大地震・パンデミック・深刻な景気後退などの緊急事態に対応する場合を除き、原則として歳出総額の改訂は行わない。
3.毎年度の予算編成時の「歳出ルール」の設定
・支出や減税を行う際には財源も確保する。
・中期財政フレームを遵守できない場合は翌年度に是正措置を実施する。
*令和国民会議(令和臨調)が2025年6月10日に発表した提言を筆者が要約した。
――中空さんは随分前から、日本経済について国の債務残高の問題を指摘されるとともに、世界経済について「シャドーバンク」の課題について言及されてきました。シャドーバンクは、ノンバンクなど表現の仕方は様々ですが、伝統的な銀行や証券会社ほどには規制が厳しくかからない金融機関です。リーマン・ショックなどの危機時に、世界中の公的機関が金融システムの崩壊を防ぐためイレギュラーな金融緩和を行い、お金を市場に流しましたが、平時に戻り、シャドーバンクはそのお金の運用先として急成長してきました。その中で、有力経済誌の英『エコノミスト』5月30日号で新しい形の米国金融に関する危機について特集を組んでいます(“New, untested and dangerous A special report on American finance”, May 31st 2025 The Economist)。そこでは、プライベートバンクやヘッジファンドの急成長ぶりと不透明性を指摘しています。新たなリスクが膨らんでいると言えるのでしょうか。
そういう面はあります。ただ一方で、今日の市場を支えている面もあるのです。現在、金融市場は不透明感が強くあって、トランプ政権が何をするか分からなくて怖い、とみんな言いますよね。自由貿易体制の崩壊とか、民主主義の終焉とか、基軸通貨ドルの地位の放棄とか。もしそれが本当なら、証券市場は全面売りにならないとおかしい。でも、現実にはそうなっていない。誰かが買っているから、です。
何かが起きて、みんなが不安に思い、株を売り、株価が下がると、シャドーバンクが動いて買い、また価格が上がっていく。すると、その他のプレーヤーが慌てて買いに入る。
大勢の投資家や金融機関が再び市場に戻るから、また価格が上がっていき、何事もなかったかのような株価が形成されていくわけです。こうしたことを私たちは繰り返し見てきて、今回もそうだねと思っている面はあります。
ただし、シャドーバンクがにっちもさっちもいかなくなった時に、クラッシュは起きます。
そういうことが起きるまでは、今のような状態が続きます。不確実性が高まっても、プロの投資家は利益を出すために市場に入っていかなければいけない。
――まさに、音楽が止まるまで踊り続けなければいけない、という世界ですね。
バブルは発生して、破裂する。酷い場合はリーマン・ショックのように実物経済にも悪影響が波及する。
その時に再び、大幅な金融緩和や、有効需要の創出としての財政出動が必要になる。そのためには平時の今、国の金融・財政体制を万全な状態に戻しておかないといけないのです。