新しい資生堂のクリエイティブを支える組織、人材

――多岐にわたるケイパビリティーが求められることにより、人材の育成方法も違ってきますか。

 1つの専門性に特化していくのではなく、オープンかつフラットな環境の中で、幅広いスキルを身に付けていくという方向性になると思います。これまでは、パッケージデザイナーやグラフィックデザイナー、スペースデザイナーなどをそれぞれ専門家として育成すれば、バトンタッチ式に仕事が進んでいくというスタイルでした。しかし、今私たちに求められている役割は、お客さまとのエンゲージメントを築くための体験機会を全方位で創出することです。そこに求められるのは分野を超えて課題解決のためのクリエイティブに携わるスキルであり、デザインの源流から関わっていこうとする姿勢です。新会社の人材育成としては、分野の壁を取り払い、よりシームレスなものになっていくと思います。

――専門に特化することで資生堂らしさをつくり上げてきたことと、一見相反することのように思えます。

 矛盾しているようですが、工夫次第で専門性を高めることと幅広いスキルを身に付けることの両立は可能だと考えます。例えば、自分が培ってきた専門のクラフトのスキルを維持するために、同じスキルを持つメンバーとコミュニティーをつくってノウハウや情報交換をするなどといったことです。関わっているプロジェクトは違っても、仲間たちがどういったテクノロジーを駆使し、どういったものを作っているかといった情報は、それぞれの専門性を高めることに有効であり、分野を超える視点や新しいスキルを身に付けることにもつながります。実際に今、クリエイティブのケーススタディーを共有する機会を定期的につくっています。

――これまでとは違ったアプローチで資生堂らしさを生み出そうということですね。

 資生堂スタイルは時代とともに常に進化してきた歴史でもあります。実は私たちの「過去」は資生堂らしさとそれを打ち壊して乗り越えようとする“反資生堂”のモーメントによって生み出されたと言っても過言ではありません。作用・反作用のダイナミズムが次の時代をつくり出す。そうした姿勢が資生堂のクリエイティブのスタイルだと思えば、今回のチャレンジも資生堂らしいと言えるかもしれません。

 組織としてのチャレンジも重要ですが、デザイナー一人一人も壁を越えるチャレンジが必要です。例えば、学生時代にグラフィックデザインを学んできたけど、プロダクトデザインをやってみるとか、これまでスペースデザインをやってきたが、これからはソーシャル、あるいはデジタルのコミュニケーションプランを考えてみるといったことです。

 これまで取り組んできた領域の中で一生やり続けるというのは、個人の選択ではあるものの人生の経験として可能性の扉を開かないことをしていると私は思います。さらに、リバースメンタリング(逆メンター制度)に注目が集まる中、世代の壁を越えて学ぶことも重要です。今は大学の教育が先進的なものとなっていて、優れたスキルを持って入社してくる若い人たちが数多くいます。すでにそういう世代から学ぼうとする古参のメンバーもいますし、そこから新しいアイデアが生まれつつあります。そういった意味では、会社を分けたメリットを最大限発揮して、フラットな組織、フラットなカルチャーをこれからどう浸透させていくかがポイントになってくると思っています。