日米開戦、「日本必敗」というシナリオが導き出された理由

 日米開戦前、当時の軍部や政府のエリートたちで結成された総力戦研究所が、何度シミュレーションをしても「日本必敗」という結論を導き出したのは有名な話だ。なぜ彼らが日本の破滅を見通すことができていたのかというと、戦争の勝敗を左右する「国力」というものをしっかりと正しく認識していたからである。

 総力戦研究所の前身ともいう「陸軍省戦争経済研究班」を率いていた秋丸次朗中佐はこう語っている。

「一国の戦争能力がどの程度にあるかと云うことを判定する一つの基礎でありまして、其の国がどの程度に自給自足が出来るのかと云うことが、其の国の戦争力を判定する一の重要なる要素に相成って参る訳でございます」(東亜経済懇談会第一回大会報告書)

 当時、海軍では世界一の軍艦を建造すれば勝てるとか、盛んに威勢のいいことが言われていた。陸軍では日本軍の勇ましさがあれば、米英など恐るるに足りんと国民を鼓舞していた。

 しかし、軍隊内で戦争というものを科学的に分析していた人たちは、これがエネルギーと食料をめぐる「自給自足の戦い」だということを知っていた。秋丸中佐の上官にあたる岩畔豪雄の「昭和陸軍 謀略秘史」の中にある日米経済力の比較によれば、電力は「1対6」で石炭産出量は「1対10」、石油産出量にいたっては「1対数百」とある。

 これは大和魂でひっくり返せるようものではない。だから、何をどう分析しても当時のエリートたちには「日本必敗」というシナリオしか導き出せなかった。

 これは今のロシアにも当てはまる。

ロシアは自給自足ができるから戦争ができる

 ロシアが国際社会から激しく非難されても、なぜ強気の姿勢を崩さずにいられるのかというと、資源と食料があることも無関係ではない。豊富な天然ガスがあって、西側諸国との駆け引きに使っているのはご存じの通りだが、食料も豊富だ。世界トップの小麦輸出量を誇るなど最近では輸出にも力を入れているが、もともと食料自給率がかなり高いのだ。

 西側メディアや日本のマスコミは、「制裁でロシアは貧しくなっている、もう一押しだ!」とか「物不足で国民の不満が高まって、プーチン暗殺はもうすぐだ」とうれしそうに報じている。しかし、『ロシアに住んで8年...日本食レストラン営む日本人に聞く現状「ロシアは経済危機を何度も経験...正直これくらいのは慣れている」』(MBS NEWS 4月12日)でも紹介されているように、モスクワは穏やかなものだ。グッチなどの西側のブランドが休業しているだけで、スーパーにはものがあふれて、人々も特に困った様子もない。

 ロシアは経済的に豊かな国ではないが、実はそれは戦争の継続にはそれほど影響がない。本当に重要なのは「自給自足ができるか否か」だ。その視点が抜けているので、西側諸国の経済制裁は戦争終結にはほとんど意味はない。戦時中の日本軍の分析通りだ。

 こういう話をすると必ず「当時と今では状況が違う」「昔の話は参考にならない」と言う人がいるが、今ウクライナで起きている虐殺やレイプ、略奪を見ても、使われる兵器が進化したくらいで、戦争というものの本質的なところは80年前とほとんど変わっていない。

 80年ぽっちでは生きている人間がすべて入れ替わることがないので、文化や思想にそれほど大きな違いはない。歴史学では、「80年」というのは「同時代」の扱いなのだ。

 しかし、今の日本ではすっかり平和になったことで、戦争の本質など考える必要がなくなり、先人たちが導き出した「自給自足」という「戦争力」を判定する重要な要素もすっかり忘れ去られてしまっている。

 そのかわりに出てきたのが、最新鋭の兵器を持って、核で武装をして、強気な態度を見せることこそが国を守るためには何よりも大切だという考え方だ。しかし、過去の歴史に学べば、これは国を守るという点では深刻な事態を引き起こす可能性が高い。

 あのひどい負け方をした戦争も、強気なやり方を選んでしまったからだ。最新兵器や戦う強気の姿勢こそが勝敗を決して、国防の要であるということが盛んに叫ばれた。世界一の戦艦「大和」ができれば戦局をひっくり返せるとか、反戦平和なんて弱気なことを言わずに日本人が一致団結すれば神風が吹くと、一部の人は本気で信じた。

 防衛費増額も核共有議論もまったく否定はしないが、その前にまずは本当の戦争を経験していた偉大な先人たちの知恵に、真摯に学ぶことから始めるべきだ。

(ノンフィクションライター 窪田順生)