世界各国で報告される臨死体験
三途の川や絶壁…見える光景には文化の影響も

 前述したN君のように、一時的にあの世へ行き蘇生した人の中には、あの世とこの世の境目を見た人がいる。研究者はこの現象のことを臨死体験と呼ぶ。日本だけでなく世界各国で無数の事例が報告されており、1979年にはアメリカの若手医師たちによって臨死体験の国際研究会が設立されるほど、科学的側面から研究されている分野だ。

 臨死体験のデータを集めると、ある共通するイメージが見えてくる。

 N君は、意識を失っている間に「暗いトンネル」を3回通った先に長い川が現れ、舟で川を渡った。日本人なら誰もが聞いたことのある三途の川である。川の向こう岸には見たことのないほど美しい花が一面に咲く花園が広がっていて、N君は誘われるようにしてその地に降り立とうとした。そのとき、老人がやってきて、「お前は○○か」とN君のお父さんの名前を呼んだ。N君が自分のひ孫だと知った老人は「ここに来るには、まだ早すぎる。自分の役割を果たしてから来なさい」と強い口調で元の場所に帰るよう命じたのだ。

 N君は、臨死体験で見た老人が自分の曽祖父だということを知らなかったが、老人の顔の輪郭や方言を覚えていた。後から母親に写真を見せてもらい、あの世で自分の曽祖父に出会ったということが明らかになったのだ。

 ベッカー氏は以下のように解説する。

「文化や宗教を越えて、あの世のイメージに多いのは闇が広がる『トンネル』の後に出てくる『花園』や『庭園』『広い草原』などで、日本人は三途の川を見ることが一般的です。一方、ポリネシア諸島に住んでいる人は荒れた海を見たと証言しています。砂漠地帯のアラビア人は燃える砂漠を、スコットランド人は絶壁を見ていて、それが“あの世”と“この世”の境目になっているようです。

 では、『あの世には三途の川と絶壁などのものがあるのか』といえば、そのイメージが意識されることは報告されても、その実在の証明はできない。大事なのは、こういったイメージが全て『これ以上行ってはいけない』あるいは『渡ってはいけない』という同じ意味を持っていることです」

砂漠写真はイメージです

 このように臨死体験には、体験者の文化的背景が強く影響する。死の間際に先祖や神仏などが現れると証言する人も多く、見えるビジョンは国によってある程度の傾向があるという。

「時代によっていろんなイメージが出てきますが、どの姿であっても慈悲と愛情を意味するものには違いはありません。精神医学的に言えば、本人が理解しやすいイメージを本人が投影しているのだという理解もできます」(ベッカー氏)