岸田政権が傾注する「公益資本主義」なる思想に、東レの日覺昭廣社長も心酔しているようだ。「第三者、外部の目という言葉が嫌い」「現場を知らない社外取締役は不要」と口さがないが、東レは日覺社長体制でこの10年以上、社員の逮捕や品質不正が頻発している。特集『東レの背信』(全6回)の#3では、公益資本主義の「実験場」である東レの現場で起きている実態を報告する。(フリーライター 村上 力)
「チェックできませんよ、現場を知らないと」
日覺社長、強気発言の裏で起きていた深刻事態
〈現場を知らない取締役が一般論と財務諸表だけを振りかざして下す意味のない決定を、いくら早くしても意味がない〉
〈執行役員制を取っている会社の取締役が何をチェックしているんですかと。要は数字だけでしょ。投資家のキャピタルゲインをいかに増やすかが目的なんだから。そうじゃなくて、良からぬことが起きているなら、その原因を追究せないかん。でもチェックできませんよ、現場を知らないと〉
〈経営のチェック機能を強化させるのに、たとえ社外取締役を100人増やしてもみんな言うことは同じですよ。「利益出ないね」「何で出ないんだ」と。それ以上は、やっぱり現場へ入っていかないと分からない〉
東レの日覺昭廣社長は、本誌がインタビューした2015年当時、執行役員制度への不信感をあらわにしていた。東レの取締役は当時25人と、一般的な上場会社の平均人数7人に対して3倍以上。意思決定の遅さが懸念されていたが、日覺社長はそうした批判を歯牙にもかけず、「現場を知らない人間は黙ってろ」と言わんばかりであった。
海外投資家への市場開放に伴い、欧米流のコーポレートガバナンス(企業統治)改革が進む、わが国資本市場。日本を代表する企業である東レの日覺社長は、欧米化する昨今の風潮に、日本財界を代表して異議を唱えてきた。
日覺社長が「理論的支柱」としてきたのが、コクヨ創業者・黒田善太郎氏の孫にして、ファンドを主宰する原丈人氏の「公益資本主義」である。いまや岸田文雄首相も公益資本主義に傾注し、原氏が提唱する「四半期開示廃止」などの政策を実現させようとしている。
日覺社長は、株主重視の欧米流資本主義を、短期利益追求で、現場を知らないと批判。それに対置するイデオロギーとして、現場主義と長期的視点を重視する公益資本主義を信奉してきた。
だが、今回明らかになった米UL(アンダーライターズ・ラボラトリーズ)の不正への対応を見ると、現場は公益資本主義の逆を行っているように思えてくる。5年以上前に事態を把握した樹脂ケミカル事業部は、「公表すれば大騒ぎになる」と不正に目を瞑り、隠蔽工作に走った。長期的視点に立てば、うみを出し切り、再生の道を探るべきだったのではないか。
ULの不正を調査している有識者調査委員会は、経営陣が不正を認知していたかどうかを調査していないため、日覺社長が不正を知らなかったという線もあり得る。だが仮にそうだとしても、5年にわたり組織ぐるみで行われた隠蔽工作を知らなかったというのは、それこそ「現場を知らない経営者」の典型ではないか。
その実、日覺社長体制の東レでは、毎年のように不正、不祥事が発生し、現場の暴走を日覺社長が止められないという皮肉な状況に陥りつつある。「公益資本主義体制」の東レの足元では、一体何が起こっているのか――。