たとえば、今この瞬間もあなたのワーキングメモリが働いています。いや、働いているからこそ、この文章が読めるのです。

 文章を読んで理解するためには、直前の文章の内容を記憶しておくことが必要です。もし、読んだそばから本の内容を忘れてしまったらどうなるでしょう?

 活字になっていれば引き返して読むことができますが、引き返してばかりいたらいつまでたっても前に進むことはできません。

 また、会話であればさらに大変です。言葉は話すそばから消えていきますから。相手が発した言葉をワーキングメモリに記憶しているからこそ、言葉をつなぎながら理解することができるのです。

 このようにワーキングメモリはすぐに、しかも明確に情報を記憶できる、優秀で便利な記憶です。では、その記憶が、なぜメモリーミスを起こすのでしょうか。

 実は、この「すぐに」そして「明確に」覚えるという特徴が落とし穴なのです。

ワーキングメモリの容量は
思いのほか小さい

 なぜこれだけ便利な記憶がメモリーミスを引き起こすのか? それはワーキングメモリの容量がとても小さいからです。

 新しい情報がワーキングメモリに入ると、すぐに、しかも明確に記憶できます。しかし、次の新しい情報がワーキングメモリに入ってくると、先ほど記憶された情報はワーキングメモリから追い出されてしまいます。そして追い出された瞬間、今度は逆にスパッと忘れてしまうのです。

 しかも、ワーキングメモリはいくら気合を入れても、その容量を増やせません。

 ワーキングメモリとその容量の小ささ、そしてそれが増やせないことを実感してもらうために簡単なテストをしましょう。あなたが、ある会社の職場にいると思って、気合を入れて、がんばって覚えようとして次の文章を読んでみてください。

「上司の木下課長に呼ばれ、高橋工業宛に会社案内のPDFを送ってほしいと依頼されました。自分のデスクに戻ると、見積を待ちわびていた渡辺金属から新着メールの通知。見積の結果次第では、いまいち営業担当者が信用できない城島産業と仕事をしないといけません。期待と不安でメールを開き、添付されていたファイルを開こうと思った瞬間に電話が入りました。佐藤通信から上田先輩宛でした。電話をつなぎ終えるとスマホのライン通知。学生時代の悪友、広瀬から飲みの誘いでした」