人類の祖先が分岐したのは、環境の変化で森からサバンナに移り住み、二足歩行を始めたからだというのがこれまでの定説でした。しかし今、この常識も疑問視されていますよね。

篠田 地球環境がうんと変わって森がサバンナになってしまったので、地面に降りざるを得なかったんだというのが、一般的に考えられている学説です。ただ、よく調べると数百万年もの間、化石に木のぼりに適応できる形態が残っているので、実はそんなに劇的に環境が変わったわけじゃないじゃないかと。

 地面に降りた説が一般に信じられている背景には、「環境が物事を決める」という現代の思想があると思います。テクノロジーに左右されるように、私たちは環境によってどんどん変わっていくんだと。社会が受け入れやすいものが、その時代の定説となっていくんです。逆に言うと、まだそれほど確実なことはわかってないということです。

 人類の祖先が樹上生活に適応していたとするならば、なぜ木から降りたのかという話になりますよね。

 人類学では異端の考え方だと思うんですが、水生類人猿説(アクア説)に興味があるんです。人類の祖先は森の近くの河畔や湖畔などで長時間過ごすようになったという説で、これだと直立したことがシンプルに説明できます。四足歩行だと水の中に沈んでしまいますから。

 体毛が喪失したのに頭髪だけが残ったことや、皮下脂肪を付けるようになったこともアクア説なら説明可能です。より面白いのは鼻の形で、においをかぐのが目的なら鼻腔は正面を向くはずなのに、人間は下向きになっている。なぜなら、鼻の穴が前を向いていると潜ったときに水が入ってきてしまうから。

 さらに、今でも水中出産が行われているように、新生児は泳ぐことができる。という具合に、この水生類人猿説は、素人からするとかなり説得力があると思うんですが。

篠田 いただいた質問リストにその質問があったので、「困ったな」と思ったんです(笑)。1970年代、私が学生だったころ提唱された説ですね。当時、本で読んで面白いなと思ったのを覚えています。しかし人類学の仲間とも話をしたんですけども、みんな「これは追わないほうがいい」って言ってましたね。

 というのも、この説は「なるほど」と思わせますが、化石の証拠が何もないんです。もちろん可能性としてはあるんですが、証拠のほうから追求することができない。だから研究者はみんなここに手を出さないんです。

 わかりました。ではこれ以上、先生を困らせないようにします(笑)。

 700万年前に人類の祖先が分岐した後、250万年ほど前から石器が使われるようになり、200万年ほど前に原人が登場する。これも共通理解となっているのでしょうか。

篠田 今ある化石証拠によれば、そういう話になっています。基本的には、脳が大きくなって、直立二足歩行も現在の人間に近い状態になっていくわけですけれども、その理由はまだよくわかっていないんです。最近は、「火を使うようになったからだ」という説もあります。食生活が大きく変わったからだという話ですね。250万年前から200万年前の間は本当に重要な時代なんですけども、いろんな人類のグループがいて、なかなか整理がついていないんです。

 となると、そのさまざまなグループの中からどういう経路でヒトの祖先が出てきたのかというのは推測でしかない。

篠田 そうです。完全にスペキュレーション(推測、考察)です。