「心を高める」ということは、お坊さんが厳しい修行に長年努めてもできないほど、たいへん難しいことなのですが、働くことには、それを成し遂げるだけの大きな力があるのです。

 働くことの意義が、ここにあります。

 日々、一生懸命に働くことには、私たちの心を鍛え、人間性を高めてくれる、素晴らしい作用があるのです。

 以前に、ある宮大工の棟梁の話を、テレビのインタビュー番組で聞いて、感動したことがあります。

「木には命が宿っている。その命が語りかけてくる声に耳を傾けながら仕事をしなければならない」「樹齢千年の木を使うからには、千年の月日に耐えるような立派な仕事をしなければならない」――棟梁は、そのようにおっしゃっていました。

 このような心に染み入るような言葉は、生涯を通じて、仕事と真正面から向き合い、努力を重ねてきた方でなければ、とても口にできるものではありません。

「大工の仕事を究める」ということは、ただ単に鉋をかけて「素晴らしい建物」をつくり上げる技術を磨くことをいうだけでなく、心を磨き、「素晴らしい人間性」をつくり上げることにもある――私は棟梁のお話から、このことを実感し、深い感銘を受けました。

 その棟梁は、小学校を出てから七十有余歳に至るまで、ずっと宮大工として生涯を務めてこられた方のようでした。その長い年月の間、一つの仕事をやり通すには、つらいことやしんどいこと、もう辞めたくなるような苦労もあったことでしょう。その苦労を克服しつつ、一生懸命に仕事に励むことで、素晴らしい人格を育み、豊かで深みのある言葉を自分のものにされたのだと思うのです。

 私は、この宮大工の棟梁のように、一生を一つの職業に捧げ、地道な労働を営々と重ねてきた人物に強く魅了されます。