株主優先主義から
従業員優先主義へ

 2000年代以降のアメリカ経済は、中国経済の成長を取り込むことで大きく成長してきた。ただし、中国側も外資を呼び込むために投資環境を整えており、アメリカからの莫大な投資がウォール街から流れ込み、中国企業の成長を吸い上げる形でアメリカは金融大国化した。その過程で国内の工場は次々と中国に移転して製造業が衰退した。

 その結果、「投資家とエリート社員」と「その他の労働者」の格差が拡大して、ITを中心に成功した投資家が利益を総取りする極端な格差社会を形成している。

 これはカール・マルクスが描いたような資本家と労働者が対立する社会に似ている。トランプ政権でBLM(ブラック・ライブズ・マター)やアンティファ(アンチ・ファシスト)などの社会主義運動に酷似した人権運動が拡大した背景にも、アメリカが金融大国化して投資家が利益を独占する一方で、中国などに製造業の拠点を移したことでサービス業化が進み、長期間にわたって中間層の所得が伸び悩んだことが原因だと考えられる。

 また、パンデミックではトランプ政権は国民救済のために大型予算を組み、バイデン政権もそれを引き継いでいる。さらにバイデン政権はケインジアン的な財政支出で大型予算を組み、学生ローンの一部を免除するなど、リベラル政策を広げ、「疑似ベーシックインカム」制度のような様相を呈している。

 このことによって、失業した者も低賃金労働に飛びつくことなくじっくりと就職活動を進めることができるようになり、コロナ収束で需要が伸びても企業側は労働者確保に苦心することになった。そのため、賃金が急激に上昇しており、エネルギー高騰をきっかけに起こった高インフレに拍車を掛けることになった。

 これはいわば労働組合を介さず、国家レベルでストライキが起こっているようなものである。企業側はそれに対応するために「株主優先」から「従業員優先」にシフトせざるをえなくなっているのである。

 それとは対照的に、仕事が減ってもレイオフせずに給料を支払い続けて雇用を維持した企業は、労働者不足に強く悩まされることなくコロナ収束後のスタートを順調に切ることができたが、こういった企業は、もともと賃金が高い優良企業か信頼度の高い安定した大企業の一部に限られる。

 実際、2021年9月には求人が1000万件以上もあり、需要はあるのに人手不足で店が開けられないとか、客室乗務員(CA)などの職員が足りずに飛行機が飛ばせないなどの報道が相次いでいる。

 アメリカでもすでに「人件費はコスト」の効率主義を脱して、「人材を生かす」の方向にかじを切り始めている。それを起こすきっかけとなったのが、グレート・レジグネーションだ。今後は人を大事にする企業にさらに良い人材が集まり、そうではない企業との二極化が生じることになると予想される。