SFの力を使って示す、リベラルな未来社会像

 このような革新的な世界観を生み出したのは、米軍のパイロットという異色の経歴を持つ映像プロデューサー、ジーン・ロッデンベリー。世界初の宇宙葬で遺灰が宇宙に打ち上げられたことでも知られる人物だ。

『スター・トレック』以前は、軍隊や警察を舞台にしたドラマなどを手掛けていたようだが、当時の米国は検閲が厳しく、社会問題をストレートに扱おうとすると表現がつぶされてしまうことが珍しくなかった。そこで、自由な表現を求めてロッデンベリーが選んだのがSFだった。はるか未来の宇宙空間という「ぶっ飛んだ設定」を導入し、大胆な社会像を描くことで、現実社会に潜む問題をえぐり出す――。そんなSFの力が意識的に使われた作品なのだ。

 今、オリジナルシリーズを見ると、セットがハリボテだったり、設定が雑だったり……と、正直、B級感は否めない。しかし、示されている未来像は非常に革新的だ。だからこそ時代を超えて愛される作品になったのだろう。

 ところで、日本のメディアにもよく登場する、台湾のデジタル担当政務委員、オードリー・タンが、しばしば見せるハンドサインをご存じだろうか?

 薬指と中指の間を離し、手のひらを相手に示す――。これは「バルカン・サリュート」と呼ばれるバルカン星式のあいさつである。作中では「長寿と繁栄を」という、平和な祈りの言葉とセットで使われる。このハンドサインを示すだけで、多様性を包摂する世界を願っていることが何となく伝わってくる。誕生から50年以上がたった今も、『スター・トレック』が、未来像を共有する共通言語になっているのである。