鏡のように時代を映す、ディストピア小説の古典――一九八四年AFP / アフロ

70年以上も前に書かれた物語でありながら、何度も「現代を予見した」とブームになり、時代を超えたベストセラーとして読み継がれてきたジョージ・オーウェルの『一九八四年』。後続のフィクションに大きな影響を与えただけでなく、ビジネスや政治の場でも盛んに利用されてきた。『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』の編著者である宮本道人氏は、本作を「SFプロトタイピング的な作品」であると指摘する。(構成/フリーライター 小林直美、ダイヤモンド社 音なぎ省一郎)

予見された「カメラもマイクも常時オン!」の世界

 リモートワークが定着したのは喜ばしいが、長い会議で偉い人から「カメラとマイクは常時オンで!」と強く言われると、息が詰まることがある。そういう人に限って、こちらの集中が切れた瞬間、光の速さで「今のどう思う?」と意見を求めてくる。モニター越しに表情をチェックしているのだ。「あ、えぇと…」と戸惑いながら言葉を探す筆者の頭をよぎるのは、『一九八四年』に出てくるこのフレーズだ。

BIG BROTHER IS WATCHING YOU(ビッグ・ブラザーがあなたを見ている)

<ビッグ・ブラザー>は、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』に登場する絶対的な統治者だ。作中では彼を頂点とする<党>の独裁によって、超監視社会が築かれている。街や職場はもちろん、自宅にすら<テレスクリーン>という双方向型の情報端末が置かれ、あらゆる行動が常に見張られている。まさに「カメラもマイクも常時オン」である。さらに、この国家権力は行動だけでなく「思考」まで取り締まる。不満そうな顔をしただけで、思考警察が飛んできて<思考犯罪><表情犯罪>で告発されかねないのだ。

『一九八四年』は、1948年に三十数年後を想定して書かれたディストピア小説の古典だ。70年以上も前に書かれた作品だが、2022年の今読むと、コロナ禍でのプチ監視社会化(もちろんこの背景には、ウイルス抑制という現実的な要請があったわけだが)との類似性がどうしても目に付くし、ここ数年、そうした視点からも本作への注目が高まっている。

 とはいえ、『一九八四年』を目の前の現実と結び付ける読み解き合戦は、今に始まったことではない。それぞれの時代で、実に多様に意味付けされてきた作品なのだ。