世界のオリンピックマーケティングの立て直しは進んでいる

 もうかる五輪は招致合戦を過激化させ、IOCは危機を迎えていた。それはISLの人脈ビジネスモデルの短所が招いたものだ。FIFA会長など世界的スポーツ団体首脳の権威を利用して、権利ビジネスを展開していく間に、私腹を肥やすやからが出没した。

 そして、1999年に、2002年の冬季五輪開催都市となったアメリカ・ソルトレークシティーの招致不正疑惑が暴露された。IOC委員への買収工作の数々が暴かれたのだ。

 IOCは自浄を迫られ、不正を認定された委員を追放し、倫理委員会を新設した。アディダスと電通が設立したISLとの独占契約も解消し、IOCのマーケティング委員会が主体のモデルに転換した。2001年ISLは倒産した。

 正常化への道を歩むと見えた国際スポーツ界であったが、かつての人脈ビジネスモデルを抜けきれない人々もいた。高橋氏もその一人であろう。

 2013年、第9代IOC会長に就任したバッハ氏はオリンピック改革綱領(アジェンダ2020)を提示し、招致活動の不正を一掃する作戦を展開した。その一つに2019年に新設された「将来開催地委員会」というものがある。五輪開催に立候補した都市は開催を争うのではなく、IOCと相談し勉強しながら理想の五輪開催を考えていくというもので、招致に不正の入り込む余地がなくなっている。

スポーツの「自律」を求め、IOCの実像を知る

 今回の事件の根本に見えてくるのは、日本のスポーツ界の「自律」意識の脆弱性である。

 オリンピック憲章の根本原則には、「スポーツ団体は自律の権利と義務を持つ」という一節があり、外部からの圧力を排して、自らを律することをうたっている。

 そのリーダーとなるべきは、国内唯一のオリンピック専門集団であるJOCではないか。JOC自らがオリンピックマーケティングを主導していく情熱と努力が求められる。

 五輪開催国で組織委が設立されると、その国のオリンピック委員会は組織委が解散されるまで、自らが保有するオリンピックに関わる権利の全てを組織委に譲渡しなければならない。東京2020でも、JOCはオリンピックマーケティングの砦を死守する必要があった。

 つまり、JOC職員がオリンピック精神に基づいて、スポンサーシップ交渉をすることが良好なガバナンスの証しとなる。それによって生まれた利益は「スポーツでより平和な世界をつくる」ために使うのである。

 IOCがオリンピックマーケティングで得た収益の90%は、世界中の選手やスポーツ団体を支援するために配分されている。その金額は一日約420万ドルになった。

 またIOCは、ウクライナの選手3000人以上を支援しており、2024年パリ五輪、2026年ミラノ・コルティナダンペツォ冬季五輪を見据えて、総額750万ドルの義捐基金を設立した。

 日本の報道では金まみれ、不正まみれと悪評が目立つIOCだが、それは真実が伝わっていないからである。IOCの活動はただオリンピック競技大会の開催維持だけでない。IOCはSDGsに以前から取り組み、LGBTQ、ジェンダー平等の問題、地球環境問題に積極的に取り組んでいる。

 去る9月21日の国際平和デーに寄せたバッハ氏のスピーチは心に響くものだった。

「オリンピックは戦争や紛争を回避することはできない。(中略)しかし同じルールを尊重し、相手を敬う世界があることを示すことができる」「世界中の政治指導者に告ぐ、平和にチャンスを与えよ!」

 彼は18日から24日にかけて、ヨルダン、パレスチナ、イスラエル、そしてエジプトを歴訪している。各元首と会談し、より平和な世界のために、スポーツの政治的中立とオリンピズムによる団結が重要であることを訴えた。

 オリンピックマーケティングは、平和にチャンスを与えるためのものである。そうである限りそれを支えるための商業主義化は否定されるべきではない。そして、その正当な実践のためにスポーツは政治からも、経済からも、そしてあらゆる圧力から「自律」しなければならない。それが不正を防ぐ根本的戦略である。

(元JOC職員・五輪アナリスト 春日良一)