機能と感性の境界をまたぐ

創造的思考のパラドックスを超え 新たな価値を描くSatoshi Yoshiizumi
東北大学工学部卒業後、デザインオフィスnendo、ヤマハ株式会社を経て、2013年にTAKT PROJECTを設立。
既存の枠組みを揺さぶる実験的な自主研究プロジェクトを行い、その成果をミラノデザインウィーク、デザインマイアミ、パリ装飾美術館、香港M+など国内外の美術館やデザインイベントで発表・招聘展示。
その研究成果を起点に、さまざまなクライアントとコラボレーション「別の可能性をつくる」多様なプロジェクトを具現化している。
2018年よりグッドデザイン賞審査委員。
Dezeen Award(英国)/Emerging designer of the year 2019受賞、DesignMiami/(スイス)/Swarovski Designers of the Future Award 2017受賞、iF賞、Red Dot賞、German Design賞、グッドデザイン賞など国内外の賞を多数受賞。作品は香港M+に収蔵されている。

 こんなことを意識するようになったのは、私が「ネイティブのデザイナー」ではないことが大きく影響しています。大学で専攻したのは機械工学で、デザインの専門教育は半年しか受けていません。エンジニアリングからデザインへ――。この“転向”で、私は大いに戸惑いました。デザインには、よって立つ根拠が何もないように感じたからです。

 エンジニアリングの世界でも、さまざまなモノの形を作ります。しかし、そこには「機能を最大化する」という強い目的があります。たった1本の線を引くにも、観察、実験、検査、分析……といったサイエンスのプロセスを駆使し、応力、弾性、密度、強度、変形率などの数値を総動員します。こうして、線のあるべき姿は必然的に決まっていきます。

 一方、デザインの世界では、1本の線の可能性はもっと開かれています。逆にいえば、客観的な根拠がほとんどないのです。デザイナーになりたてのとき、線を引こうとして、足元がぐらぐらするような気持ち悪さを感じたことをよく覚えています。私のデザイナーとしての原体験は「分からない」という違和感と不安感だったのです。

 この違和感は、サイエンスとアートの違いに由来する、ということもできます。エンジニアリングとデザインには「形を作る」という共通点がありますが、工学が純度の高い「サイエンス」なら、デザインは「アート」の要素を多分に含んでいます。デザインでは、「機能」はもちろん、全体としての「魅力」をつくることが重要であり、それは言葉や数式で厳密に定義できるものではありません。論理からこぼれる領域は「感じる」しかないのです。このような「感性」が求められるのは、デザインの世界に限った話ではないのではないでしょうか?