チームワークによる調整型に
優位性があるのは歴史的要因

――日本の製造業の強みは、どこにありますか。

 製品の「機能」と「構造」の関係を示す「アーキテクチャ」(設計思想)で貿易を見る「設計の比較優位説」で説明できます(図表1参照)。自動車を例にすると、「機能」とは走り、乗り心地、安全性などで、「構造」はその機能を実現する車体、エンジン、変速機などです。

 アーキテクチャは、2つのタイプに大別できます。機能と構造が1対1の対応関係にあるのが「モジュラー(組み合わせ)型」、機能と構造が多対多対応で複雑に絡み合っているのが「インテグラル(擦り合わせ)型」です。

 自動車は、物理法則に支配され、厳しい制約条件下で走り・安全・燃費などの要求機能を実現するために、専用部品を多用する最適構造設計を必要とするインテグラル型製品です。これに対して、例えばPCは、標準部品の組み合わせで要求機能を実現できるモジュラー型製品です。

 あくまでも相対的なものですが、経済の急成長期に大量の国内外労働力が移動したという歴史的経緯から、設計でも生産でも個人の専門能力に頼る分業型の職場が多い米国や中国は、調整節約的なモジュラー型製品が得意であるのに対し、これも歴史的な理由でチームワークによる調整型の産業現場が強い戦後日本の産業は、調整集約的なインテグラル型の製品において、「設計の比較優位」を持つ傾向があります。

――チームワークで調整型製品に優位性があるのは、国の文化的要因にあるのではないのですか。

 それも多少あるかもしれませんが、主因は、戦後の歴史的要因とみます。高度成長期の慢性的人手不足の中、安定雇用の生産現場で「多能工のチームワーク」が発展したのです。多能工とは、複数の標準作業や異常対応、改善、設備点検、面倒見などができる作業者のことです。トヨタ生産方式もこれがベースです。

 米国と比較すると、彼の国では常に、移民という新たな人員供給があります。量的供給がある半面、多様な価値観の質的に異なる多くの人が同じ職場で働くので、摩擦が起きないように個々の業務をきちんと決めて作業します。個人は担当業務をこなすための能力があれば良いので、単能工で十分です。

 日本は冷戦下の高度成長期やバブル期に、国内市場向けや米国市場向けの生産を急増させました。ただし、労働力は慢性的に不足気味だったので、雇った人や下請けさんを大事にする安定雇用と安定取引、そこでのチームワーク、分業する余裕はないので複数作業ができる多能工、これらが戦後日本の製造業で発達したのです。

 従業員を、継続的に訓練・教育しました。同時に、育成した職人が転職しないように、長期雇用となる人事制度を構築していきます。終身雇用、新卒一括採用、OJTです。同様に、いわゆる下請けの協力企業との関係も大切にしてきました。こうして国全体として、多能工のチームワークが基本の生産体制が整います。

 旺盛な輸出市場という需要と、持続的で柔軟性のある供給により、高度経済成長が実現したのです。

――しかし、バブル経済崩壊後、厳しい経済状況が続きます。

 金融政策などマクロ経済政策の失敗という敗因もありますが、前述した日本の製造業の成長に急ブレーキをかけたのは、中国経済の台頭とデジタル産業の発展です。

 1992年、中国の鄧小平氏による開放政策への転換以来、その前の冷戦40年という貿易分断期に蓄積された、日本の労働賃金の約20分の1という低さの中国の労働力を背景に、圧倒的に安い中国製品が世界市場に大量に入ってきて、20倍の賃金ハンデを負った日本の製造業は苦戦を強いられました。

 当時の中国は、内陸に居住する農民が次々と沿岸部の工場に出稼ぎに来て、単能工の低賃金労働者が無尽蔵に供給される状況で、賃金水準は2000年代初めまで上がりませんでした。

 それに加えて日本企業は、1990年代や2010年代の円高期もあり、グローバルコスト競争で苦戦しました。特に、日本が得意でないモジュラー型製品を作る家電などの日本企業は、比較的シンプルな製品は生産拠点を中国等に移し、あるいは事業自体から撤退しました。

 一方、日本が得意とする乗用車や産業機械や高機能部品・素材など、ややこしい設計のインテグラル型製品では、海外生産のみならず、国内生産や輸出も維持されました。実際、日本の輸出額のピークは2007年です。

 その間、国内の優良製造現場は、生産革新やトヨタ生産方式導入により生産性を大幅に向上させ、多くの国内工場が閉鎖される一方で、相当数の工場が存続しました。5年で5倍など、工程単位で大幅な生産性向上を実現した多くのしぶとい国内工場を、私は直接知っています。

 しかし彼らでも、当初20倍の内外賃金格差を前に、国内生産を継続して雇用を維持するのが精いっぱいで、賃金は上げられませんでした。半世紀前には、生産性上昇分までは賃金を上げても良いという「生産性基準原理」が、経済合理性もあり、日経連を含め労使間の大まかな了解だったのですが、過去30年、内外賃金格差20倍の強烈なデフレ圧力の中で、このルールは完全に廃れていきました。

 近年、状況が変わってきました。中国経済が高成長を続け、農村からの労働者の無制限供給が止まり、2005年ごろから平均賃金は5年で2倍のペースで上昇、日中の賃金格差は2020年代初めには2~3倍ほどに縮まっています。この程度の差なら、日本企業は生産性上昇分の賃金上昇を許容する半世紀前のルールを復活させられると思います。そして、先ほどの理由で、この意味でのデフレ脱却の鍵は、輸出可能企業が握るといえそうです。