製品特性と組織能力の関係で
考えるべき企業戦略

――日本の製造業は、どのような戦略で競争していけば良いのでしょうか。

 製造業として一括りで論じることはできません。製品の設計特性(アーキテクチャ)と、個々の企業の組織能力によって違ってきます。

 私は、製品とは「設計情報が、メディアの上に乗ったもの」と考えています。製品開発は設計情報の創造であり、生産は設計情報を生産工程から製品・仕掛品・材料に転写するものです。どんな設計情報が、どんなメディアに乗っているかが、産業特性の違いに表れます。

 設計情報を論じる際に重要なのが、アーキテクチャ(設計思想)です。ここでは、前述した2種類のアーキテクチャ、インテグラル型とモジュラー型を使って、製品の特性と企業の組織能力の関係、そこでの戦略について解説します。

 図表2は、上下が「自社製品の内部構造の『中アーキテクチャ』はインテグラル型かモジュラー型か」、左右が「その製品が利用される産業の製品(顧客製品)の『外アーキテクチャ』はインテグラル型かモジュラー型か」で分けています。

 (1)中インテグラル・外インテグラル

 自社製品がインテグラル型で、なおかつ、その販売先の顧客製品もインテグラル型のケースです。例えば、自社製品が自動車部品の場合などです。得意なインテグラル製品なので一定の競争力を持ち得ますが、顧客特殊的なカスタム設計部品であるため、量産効果を実現できないので、設計・生産・営業のコストが高くなり、価格設定権を当方が持てない限り、このポジションの企業の利益率は、例えば3~5%と低い傾向にあります。

 (2)中インテグラル・外モジュラー

 自社製品がインテグラル型で、その販売先の顧客製品はモジュラー型のケースです。例えば、インテルのCPU、シマノの自転車ギア部品、村田製作所の電子部品などがこれに当たると考えられます。カスタム設計品ではなく自社主導の業界標準品として売れるため、高度な擦り合わせによる参入障壁、高シェア、量産効果、低コスト、高付加価値により、利益率は高い(例えば20%前後)傾向があります。

 (3)中モジュラー・外インテグラル

 自社製品は完成品としては中モジュラー型で、部品の多くは量産効果の効く業界標準部品や社内共通部品ですが、それらをうまく組み合わせて、顧客の特殊なニーズに応えたカスタム設計(外インテグラル)の製品やソリューションとして顧客に直販します。特に、中核部品が高度な中インテグラル・外モジュラー型という「合わせ技」の場合、差別化により高付加価値・高利益化が可能で、例えば、キーエンスの計測機器などがこれに当たります。

 (4)中モジュラー・外モジュラー

 自社製品は標準部品を組み合わせた中モジュラー型で、なおかつ、それを標準品(外モジュラー型)として顧客に販売するタイプです。設計合理化によって標準部品を活用して製品を作り、それを顧客である川下のモジュラー型製品・システム向けの標準品として生産・販売することで、二重に量産効果を得ていきます。日本企業の高度な調整能力を生かしにくい、苦手分野となりがちです。

 以上を前提に、製品やソリューションの事業担当者は、製品アーキテクチャーと自社の組織能力のフィット、適合性を見極め、賢いアーキテクチャー戦略を立てていくことが大切です。

 つまり、自社の組織能力と市場の成長性の両方を勘案し、自社が「設計の比較優位」を持つ製品を選択していくべきです。実際、今の日本の高利益・高成長企業の多くは、陰に陽に、明確なアーキテクチャによって成功しています。

――中国が経済成長とともに所得が上がり、安い労働供給が持続できなくなる中、日本企業は製造現場の生産性向上や製品の高付加価値化で、相応に競争できるようになってきたのですね。一方で、1990年代後半からのデジタル経済の急成長に適応できず、日本企業は一部の先進的な米国企業の後塵を拝する状態にあります。

 確かに、調整型のものづくり組織能力が優れた日本の産業現場は、調整節約的なモジュラー型アーキテクチャ寄りのデジタル製品では、「設計の比較優位」を発揮できませんでした。

 その後のデジタルプラットフォーム競争でも、クローズド型のプロダクトで真面目に戦う日本企業は、オープン・モジュラー型アーキテクチャを特徴とするGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック<メタ>、アマゾン)など米国勢のプラットフォーム戦略、つまり自社の業界標準インターフェースを駆使して巨大なビジネスエコシステムを作り、そこから巨大な利益を得る新しい戦略についていけず、この分野では圧倒されました。

 しかしこの面でも、消費財型・人口動員型の巨大プラットフォームを操るGAFAに負けたので、日本企業のデジタルビジネスに未来はないと断言する「デジタル悲観論」は、かえって2010年代の近過去のイメージにとらわれ、未来の多様な可能性がよく見えていないのではないかと私は考えます。

 デジタル化経済は今後も拡張していくでしょうが、生身の人間がリアルな生活を送る世界はこれまで通りであり、そこは物理法則が働く「重さのある世界」です。サステナブル、カーボンニュートラルなどは、まさにその世界の問題です。

 むしろ、2020年代の今、多くはいまだ「地上」に存在する日本企業が考えるべきことは、重さのないデジタルあるいはサイバーの世界、すなわち「上空」と、重さのあるフィジカルな世界、すなわち「地上」とをいかに結び付けていくか、にあります。

 そして、この2つの世界を仲介する「サイバーフィジカル」、すなわち「低空」の世界に「地上」から進出し、新たなルールのプラットフォームを作り、そこで上空のGAFAに対して参入障壁を築き、それなりの存在感を示せるか、が問われます。

 それが、今後の日本企業の戦略上の一つの要諦になると考えます。近過去の経験にとらわれた「デジタル悲観論」にとどまっている暇はないのです。

*第2回に続きます。