缶コーヒーに隠された裏ワザ
窮地でひらめいた飲み方

 Aさん(39歳男性)は、缶コーヒーをよく余らせる。上司がねぎらいで缶コーヒーをくれることがあるのだが、Aさんは飲み物をいつも持参していて、もらった缶コーヒーは手つかずのまま終業を迎えるのである。
 
 缶コーヒーは持ち帰って自宅で消費される。しかし、得てして缶コーヒーたるものは外で飲むとおいしいのに、自宅で飲むといまいちなことが多い。だから、Aさんの缶コーヒー消費のタイミングはまちまちなのだが、あればありがたいことには間違いなく、一人暮らしのAさんの生活をささやかに彩っていた。
 
 さて、この値上げの波の中で自販機の飲料が一部値上げとなった。たとえば10月からの料金改定を告知したコカ・コーラを例に取ると、160円だったペットボトルは180円となる。この値上げに世間は震撼し、Aさんも大変びっくりした。そして自分が飲んでいる缶コーヒーのことを思って、「今後は一層大切に飲まねばならない」と決意したのであった。
 
 Aさんは、自宅で飲む缶コーヒーのいまいちさの原因を「甘すぎて、口に残る点がかんばしくない」と考えていた。そこで10月のある日、飲み干した缶を自宅の台所ですすいでいた時にひらめいたのである。すすぎ洗いのために缶に注いだ水を流しに捨てず、飲んでみてはどうか……。Aさんはのちに、このときのことを振り返ってこう語った。
 
「素晴らしい体験だった。あの時にひらめいた自分を褒めてあげたい」
 
 ただの水にほのかなコーヒーの香りがプラスされ、プレミアム感が増した。そして香り付きの水とはいえその大部分はただの水であるから、これが口の中に残った先の缶コーヒーの甘ったるさを、さわやかに洗い流す。普段から水分が不足しがちなので、水を摂取している感じも心地よい。また、ただの水をコップに注いで飲む気にはなれないが、缶に入ったことで一気に飲みやすくなったという。
 
「缶コーヒーは、口に持っていく仕草にいくばくかの充足感がある。缶の中身がコーヒーであろうと水であろうと、それは変わらない」
 
 聞く人によってはこれを暴論とも妄想とも考えるであろうが、Aさん自身がそう考えるのであればもうその満足感は他人には不可侵の領域である。
 
 缶コーヒーが値上げしていなければ、決して試そうと思いつきもしなかったであろう。しかし値上げと日々戦わなければならない切迫した状況が、彼に天啓を与えたのであった。