「地位財」型の幸せは続かない
「非地位財」型の幸せを高める4因子

前野 ウェルビーイングが高い、つまり幸福感の高い社員は、不幸せな社員よりも、創造性が3倍、生産性が31%高く、例えば小売業の場合は、売り上げが37%高い。また、欠勤率が41%、離職率が59%低く、業務上の事故が70%少ない。こうした有名な研究結果があります。

 つまり、仕事ができるし、会社の利益にも貢献する。会社を理由なく休まないし、辞めないし、仕事のミスも少ない。ウェルビーイング経営、社員を幸せにする経営がいかに人的資本経営のために重要かというのが、これらのデータからも明らかです。

人はどうすれば幸せに働けるか?エンゲージメントとウェルビーイングが「人的資本経営」に欠かせない理由を第一人者が語る幸福感とパフォーマンスの関係 (C)Takashi Maeno

 私が研究した別の結果によれば、これは幸福学の基礎でもありますが、まず「地位財」型の幸せは長続きしません。地位財とは、他人と比較できる財で、金やモノや社会的地位のことです。

 もちろん、企業は売り上げや利益を増やすべきですし、個人が自分の給料を増やすという目標を持つのは悪いことではありません。しかし、それによる幸せは長続きしないことが研究で分かっています。

 地位財を追うことをやめなさいとまでは言えませんが、それだけを追求していると「非地位財」型の幸せが足りなくなります。実は「非地位財」の方が長続きする幸せです。

 非地位財型の幸せとは、安全、健康、心、あるいは社会的、身体的、精神的に良好な状態、つまりウェルビーイングのことです。これを高めることが個人にとっても会社にとっても大事です。

 では、非地位財型の幸せというのは、どう高めればいいのか。そのための因子「幸せの4つの因子」が、私の研究で判明しました。

 一つ目は、自己実現と成長(やってみよう因子)です。何か夢をかなえたい、会社の理念を実現したい、そのために人間的に成長してスキルも身に付けたい。何かを「やってみよう」と思いながら働いている人は幸せです。その方が個人の強みもできますし、主体的に働くようになります。

 これの反対がやらされ感であり、やりたくない、やる気がないという状態です。社員のやる気がなければ、その社員のせいだということにもできるでしょう。しかし、会社としてはいかにすべての社員がやりがいを持って「やってみよう」と思いながら主体的に働けるようにするか。これがとても大切です。

 二つ目は、つながりと感謝の因子(ありがとう因子)です。これは社会関係資本ともいいます。社会との関係性が強いと、心が豊かで、心が折れそうになっても戻ってくる力が強い「レジリエントな状態」であることが分かっています。

 企業の中でのつながりも社会関係資本であり、人的資本です。いかにコミュニケーションを密にして、自己開示し、自分の言いたいことが言える心理的安全な風土を作って社会とつながっていけるか。そのためには、もちろん感謝の気持ちが大事です。また、利他的であること、多様な人たちが共に働くことで幸せになれます。

 ただし、「利他」と「自己犠牲」は違います。心からお客様のためになりたい、あるいは先輩に助けてもらったから次は後輩のために教えてあげたい。これが「利他」です。一方で「自己犠牲」とは、お客様のために自分が犠牲になってでも、つらいけれども貢献しなければならないというもので、この態度だと幸せではありません。

 三つ目は、前向きと楽観(なんとかなる因子)です。「なんとかなる」と思ってチャレンジする人は幸せです。その一方、後ろ向きで、悲観的で、心配性で、これからの将来が暗いと思っている人は幸福度が低いわけです。

 いかにして社員みんなが前向きに、楽観的になるか。楽観的とは適当でいい加減という意味ではなく、やるべきことはきちんとできるし「なんとかなる」と力強く思うことです。

 このなんとかなる因子は、チャレンジ精神とも関係しています。チャレンジ精神とはリスクテイクのことで、リスクを取って新しいことをする人は幸せです。リスクがあるから新しいことに挑むのは怖いと心配し過ぎる人は、実は幸福度が低いのです。

 四つ目は、独立と自分らしさ(ありのままに因子)です。社員一人ひとりが、ありのままの個性を発揮して自分らしく働く。没個性ではなくて、100人いたら100通りあるという、いわゆるダイバーシティ&インクルージョンのことで、個性を発揮して自分の軸をはっきりさせながら働けていれば幸せです。

 ウェルビーイングは、ゆるくて、甘くて、自由になり過ぎて、統率が取れないということではまったくありません。やる気があり、なんとかなると思ってチャレンジし、個性を磨いて幸せになることなのです。ウェルビーイングを高めれば、会社は発展します。人的資本経営が重要であるという今の流れは、ウェルビーイングの研究者である私から見ても当然、必要なことだと思います。