一方、20世紀前半以降、アメリカでは聖書を絶対視し、かつてのように聖書の文言どおりに生きていこうとするキリスト教原理主義がわき起こっていた。その排他的、好戦的な特質がイスラム復興運動に投影され、イスラム原理主義と呼ばれて過激なイメージがついてまわることとなったのである。
大衆に支持される活動か、
敵に向かうテロか
ムハンマドがイスラム教を開いたのは7世紀のことであり、いますべてをイスラムの教えのとおりにしようにも不可能なことが少なくない。それならば武力を用いてでも理想を実現しようという発想が、一部の運動家を過激化させた。
そのさきがけとされるのが、1928年にエジプトで設立されたムスリム同胞団だ。もともとは社会福祉活動に力を入れた大衆的な社会運動だったが、創始者が暗殺され、一部が過激化して分派した。
パレスチナのハマス、レバノンのヒズボラのように、大衆に支持され、政権の一翼を担う組織もある。敵には攻撃を仕掛けつつ、一方では理想の国家建設のための活動を続けているのだ。
イスラム国もイスラム教の独自解釈にもとづく国家建設を掲げ、シリア、イラクの広範な地域を支配下におさめた。その多くはすでに失われているものの、活動は続けており、アフリカ、東南アジアで関連組織によるテロ活動が行われている。