「漢字の部首」と「英語の接頭辞」は似ている?同時通訳者が使う、知らない英語に出くわしたときのハック術写真はイメージです Photo:PIXTA

知らない漢字を見たとき、読めないけれど『魚へん』ということは何かの魚を表す漢字なのだろうと、想像することはありませんか? 英語でのコミュニケーションを高めるためには、語彙力などももちろん重要ですが、「わからない英語に出くわしたときに理解する手がかり」を持っておくことも、現実的な対策として有益です。ビル・ゲイツ、デビッド・ベッカム、ダライ・ラマ、オードリー・タンなどの同時通訳を務めてきた田中慶子さんが、日々、実践に活用している「言葉の要素から意味を探る方法」をお伝えします。

同時通訳者だって
知らない言葉に出くわすことはある

田中慶子・同時通訳者田中慶子(たなか・けいこ)
同時通訳者、Art of Communication代表。ダライ・ラマ、テイラー・スウィフト、ビル・ゲイツ、デビッド・ベッカム、U2のBONO、オードリー・タン台湾IT担当大臣などの通訳を経験。「英語の壁を乗り越えて世界で活躍する日本人を一人でも増やすこと」をミッションに掲げ、英語コーチングやエクゼクティブコーチングも行う。著書に『不登校の女子高生が日本トップクラスの同時通訳者になれた理由』(KADOKAWA)、『新しい英語力の教室 同時通訳者が教える本当に使える英語術』(インプレス)。

「通訳の最中に、知らない言葉が出てくることはありますか?」という質問を受けることがあります。答えは、大きくうなずいて「Yes!」です。むしろ、通訳の現場では「知らない言葉」に一度も出くわさないことのほうが珍しいのです。

 当然のことながら、知らない言葉は日本語に訳すことができません。通訳者はその場で瞬時に訳すことが仕事なので、「調べますからちょっと待っていてください」とは言えません。

 そのため私たち通訳者は、本番中に「知らない言葉はない」という状態となるよう、必死で事前に準備をします。専門用語を事前に調べたり、固有名詞や要人の肩書など重要な言葉は書き出しておいて、自分用の資料として現場に持ち込みます。

 ただ、現実的に「完璧な準備」というのはあり得ません。万全の準備をしたつもりでも情報が不足していたり、(まったく準備していない)思わぬ方向に話題が展開することも珍しくありません。そんなわけで、通訳の現場では、ほぼ毎回「知らない言葉」が出てくるのです。

 通訳の仕事を始めて、まだ間もない頃のこと、忘れもしない経験です。あるとき私は、楽器メーカーの依頼を受けて、ある講演会で通訳をしていました。そのときに講演者の話の中で、“pneumatic”という聞き慣れない言葉が出てきました。

「pneumatic? 知らない! どうしよう!?」と私が焦っていることに気がついたその講演者の方が、さりげなく言葉を別の表現に言い換えてくださったので、なんとかその場を乗り切ることができました。

 ちなみに“pneumatic”とは「空気による力学」といった意味があります。大聖堂などに設置されている大きなパイプオルガンの構造に関する説明の中で、パイプへ送った空気が振動することで音が鳴り、演奏者はレバーを操作して空気の流れを調整しながら音楽を奏でる、という文脈で登場したものです。

 講演後にお礼を伝えると、その方は「“pneumatic”なんて言葉、普段はあまり使わないよね。最初の“p”は発音しないから、耳で聞くと余計にわかりにくい。このように“pneum”が最初に付く言葉は『空気』に関係していると覚えておくと良いよ」と、ていねいに教えてくださいました。

 それで思い出したのが、“pneumonia”という言葉です。

 学生時代にアメリカに住んでいた頃、友人たちと熱を出して寝込んだ人の話題になったときに、“cold”(風邪)なのか、“flu”(インフルエンザ)なのか、あるいは症状をこじらせて“pneumonia”(肺炎)になってしまったのか、というような会話をしていました(今であれば、ここに“COVID-19”も加わりそうですね)。

 前述の講演者からの「“pneum”で始まる言葉は『空気』に関係する」というアドバイスによって、肺は呼吸のための臓器で空気に関係する、その肺の炎症だから「肺炎」は“pneumonia”と表現するのかと、学生時代の会話を思い出して妙に納得したのでした。

 講演者のアドバイスと、学生時代の経験がつながったとき、「英語の接頭辞」は「漢字の部首」に似ていると感じました。