ロシアのウクライナ侵攻から約1年。民主主義研究の世界的権威として知られ、米スタンフォード大学フーバー研究所シニアフェローで、同大学政治学・社会学教授でもあるラリー・ダイアモンド氏は、ロシア・ウクライナ戦争を、経済制裁や国際的な孤立でロシアを破壊へと導く「破滅的な戦争」だと警告する。「ロシアを再び偉大な国に」という野望に突き動かされたプーチン大統領が恐れていることとは? プーチン大統領の失脚はあるのか? なぜウクライナは、民主主義にとって戦略的にもっとも重要な国なのか? 『侵食される民主主義:内部からの崩壊と専制国家の攻撃』(勁草書房、市原麻衣子監訳)の著者でもあるダイアモンド教授に話を聞いた。(ニューヨーク在住ジャーナリスト 肥田美佐子)
「NATO問題は誇張されすぎている」
ウクライナ侵攻の最大の動機は?
――2022年9月に開かれたアメリカ政治学会(APSA)年次総会を取材しましたが、教授は9月17日、「How Autocracies Die」(独裁政治の死に方)と題するセッションに登壇されましたね。
ロシアや中国は存在感を増していますが、中国では、厳しいコロナ対策への反発が国内で起こるなど、変化も見られます。
ラリー・ダイアモンド(以下、ダイアモンド) 独裁政権は長期的な危機の時代に入りつつある。まさに独裁支配という特性に起因した危機だ。
10~20年前、独裁政治は「次代を担う体制」になるのではないか、という議論が盛んになされた。民主主義よりもうまく機能するというのが、その理由だった。だが近い将来、そうした議論は、今よりもっと通用しにくくなるだろう。
――教授の著書『侵食される民主主義:内部からの崩壊と専制国家の攻撃』の原著刊行は2019年6月ですが、ロシアとウクライナに関する記述もあります。例えば、上巻第6章「ロシアによる世界的な攻撃」では、プーチン大統領が2000年の就任から約20年間、「経済の近代化、一般的なロシア人の生活の質向上、ロシアの人口減少食い止めなどに失敗してきた」ため、国民の注意をそらす必要があったと書いていますね。
改めてお伺いしますが、2022年2月のウクライナ侵攻に当たり、プーチン大統領にとって最大の動機づけとなったものは何だと思いますか?
ダイアモンド 北大西洋条約機構(NATO)拡大に対する恐れでないことは確かだ。
NATO問題に注目しすぎると、プーチン大統領の真意を見失ってしまう。一方、自らの権力を維持するために侵攻に踏み切ったとも思わない。プーチン大統領は国粋主義者だ。ロシアの偉大さを取り戻すという野心を心の中に抱き続けている。トランプ前大統領の「米国を再び偉大な国に」というスローガンと相通ずるところがある。「ロシアを再び偉大な国に」するためなら、他国の犠牲もいとわない。
ロシアの国粋主義者らは、道義的にも歴史的にも誤った不当な考え方に取りつかれている。ウクライナを独立国家ではなく、「ロシアの一部」だとみなしているのだ。または、そうあるべきだと。国際法の侵害だ。プーチン大統領は、非公式な形でのソ連邦復活を望んでいる。旧ソ連邦構成国を傘下に置き、ロシア政府の意のままに従わせたいと考えているのだ。