書影『2035年の世界地図』『2035年の世界地図』(朝日新聞出版)
エマニュエル・トッド 著/マルクス・ガブリエル 著/ジャック・アタリ 著/ブランコ・ミラノビッチ 著/東 浩紀 著/市原 麻衣子 著/小川 さやか 著/與那覇 潤 著

 このような人たちの損害を埋め合わせることはできると思います。「エレファントカーブ」の話に戻りますと、裕福な国の中流階級が直面している問題は、2つありました。1つ目は、単純に中国の中間層に追いつかれ、少なくとも雇用については彼らに取られてしまう、という問題です。2つ目の問題は、国内の上位1%というような富裕層の所得は増えていることです。

 こうした問題を解決し、国内の不満を和らげるためにこそ、富の再分配政策が進められるべきであり、グローバル化を破壊するために政策を使うべきではありません。言い換えれば、我々は国内での再分配政策か、グローバル化の中止か、という選択を迫られているといえます。合理的な選択は、国内の再分配政策であり、それを実行するための政治力を培うことだと思います。

 こうした選択がどの国でも遂行できるかと言えば、確かに疑問です。さまざまな政治的利害があり、それがぶつかり合う政治的力学が働きますから。それでも、合理的、またはおそらく最良のアプローチは、私が言ったようなものだと思います。国内での再分配政策をうまく進められないからといって、グローバル化を犠牲にしようとしてはならない、ということです。

格差是正に向けた
「資本主義」による福音

――では、私たちがもしこれらの問題に対処するために、正しい公共政策を実行するならば、デジタルが可能にした仕事のグローバル化が進む中で、民主主義の未来に何を期待できるでしょうか。

 少しユートピア的なことを、考えてみましょう。この3年間に起きた3つの大きなショックを何とか全部解決できた、としましょう。このユートピア的な世界では、人類の大部分が、比較的似た所得水準の中にいることになります。低所得のタイのような国から、明らかに高所得のノルウェーのような国まで幅があるにせよ、現在、アフリカや中米、アジアの一部で見られるような極端な貧困や低開発はなくなった、という世界です。この世界では、人々の間により多くの交流が生じることになるでしょう。仕事であれ、休暇であれ、教育であれ、友人関係であれ、さまざまな目的で交流が進む。そして、国内の不平等も現状よりは小さくなるような世界です。

 そして、3つの大きなショックが起こる前、私はさまざまな場面で、実際に格差是正に取り組もうとする機運が高まっているのを感じていました。中国の(習近平国家主席が掲げた)「共同富裕」もそうですし、大統領に就いた当初、米国内の格差是正を打ち出したバイデン大統領もそうでした。ただ、コロナ禍や国家権力の大きな拡大、不幸な(ウクライナでの)戦争のために、格差是正の取り組みは遅れてしまっています。それぞれの国内政策上、これらは非常に大きな悪影響を及ぼしたのです。

ブランコ・ミラノビッチ
経済学者。
1953年生まれ。「エレファントカーブ」のモチーフによって先進国中間層の所得の伸び悩みを指摘し、所得分配と不平等に関する研究で世界的に知られている。世界銀行調査部の主任エコノミストを20年間務めた経験もある。主な著書に、『不平等について』『大不平等』『資本主義だけ残った』(みすず書房)など。