VUCAの原因がグローバル化であることは間違いないが、比較的変数の少なかったエネルギー分野でも、規制緩和や自由化、異業種からの参入に加え、ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格の高騰など、今回登場いただいた大阪ガス社長の藤原正隆氏が言うように「大乱世」の様相を見せている。
こうした大きな変化に直面すると、多くが後ろ向きに考えがちである。損失を被る可能性、いわゆるダウンサイドリスクが真っ先に浮かんでくるからである。しかし、リスクの語源を遡ると、イタリア語の“risicare(リジカーレ)”という言葉にたどり着く。その意味は「勇気を持って試みる」。
日本にも同じ言葉がある。「進取」である。進取果敢、進取の精神など、既存の常識や旧弊に囚われることなく、積極的に新しいこと(サムシングニュー)に挑戦することを意味する。さまざまな産業の揺籃期や変革期において、その後の優勝劣敗を決定付けてきた態度である。そして、規制業種といわれるエネルギー産業にいま求められていることでもある。
大阪ガスが2018年3月に発表したグループブランド「Daigasグループ」では、「お客さま起点」「誠心誠意・使命感」、そして「進取の気性」の3つのグループマインドが掲げられている。この進取の気性という考え方は、同社の価値観として受け継がれてきたという。
たとえばカーボンニュートラルでは、独自技術による「SOEC(Solid Oxide Electrolysis Cell)メタネーション」という新たなメタネーションモデルの開発に邁進している。都市ガスの主成分であるメタンを水と二酸化炭素(以下CO2)から製造することが可能で、85~90%という極めて高いエネルギー変換効率を実現する可能性がある。
このほかにも世界最大級の活性炭メーカーでもある大阪ガスケミカルは、石炭ガス製造時の副生成物を活用したフルオレンという高機能材料をスマホのカメラレンズ用樹脂素材として販売し、世界有数の採用実績を誇る。また、大阪ガスのエネルギー技術研究所が開発した世界最高レベルの放射冷却素材を事業化したベンチャーであるSPACECOOLなどもあり、新規事業やイノベーションの創出に成功したグループ企業も多く、まさに進取の気性を遺憾なく発揮している。
既存の秩序が緩んでいる時こそ、新しい方向性を打ち出す好機とされてきた。なるほど、「パソコンの父」と呼ばれるアラン・ケイやアップル創業者のスティーブ・ジョブズなど、多くのイノベーターたちが「未来は予測するのではなく創造するものである」と説く。そこで、藤原社長に大阪ガスが描く未来について聞いた。
全面自由化以前からの
地道な営業努力の歴史
編集部(以下青文字):国を挙げてのエネルギーシステム改革が進んでいます。「電力とガスの小売り全面自由化」と「改正ガス事業法」によって、貴社を含めた都市ガス大手3社は、経営体制の刷新に取り組んでいます。
代表取締役社長 社長執行役員
藤原正隆
MASATAKA FUJIWARA1958年大阪府生まれ。1982年京都大学工学部石油化学科卒業後、大阪ガスに入社。1988~89年スタンフォード大学に留学。2012年執行役員、エネルギー事業部エネルギー開発部長兼同事業部大口エネルギー事業部長などを歴任後、2013年大阪ガスケミカル代表取締役社長に就任。その後、2015年常務執行役員、2016年代表取締役副社長執行役員を経て、2021年1月より現職。ガス以外の新規事業を開発する新技術研究所に長らく在籍し、新設されたイノベーション本部の本部長も務めたことから、インキュベーションへの造詣も深い。
藤原(以下略):最初にお話ししておきたいのですが、電力とガスの小売り自由化という規制緩和は、2016~2017年頃から突如始まったわけではありません。実は、そのずっと以前の1995年から、従来のガス事業者による地域独占を見直し、工場など大口のお客様を対象に、小売りの第1次規制緩和が始まっていました。200万立方メートル規模の都市ガスを使用する工場などを皮切りに、100万、50万、10万立方メートルと、徐々に規制緩和が進んできて、最終的には2017年に家庭用にまで広がったのです。
ちなみに私が入社した約40年前の1980年頃は、工場のボイラーのエネルギー源はほとんどが重油でした。単位エネルギー当たりの価格が極めて安く、価格面でまったく太刀打ちできない重油に対し、工場内のエネルギー源を天然ガスへと転換し、ガスタービンやガスエンジンを導入してきた営業努力の歴史があります。
天然ガスに変えれば、重油の保管に必要な地下貯蔵タンクが不要となり、土地を有効活用できるばかりか、排ガスもクリーンで大気汚染を防げる。こうした天然ガスの総合的なメリットをお客様に納得してもらうまで、きめ細かく説明しました。まだ省エネや脱炭素といった考え方のない時代でしたが、当時新人だったとはいえ、私もそうした法人営業に従事していました。
一方、家庭用では、都市ガスの普及・拡大を進めてきたほか、ガス機器の商品開発にも尽力してきました。お風呂関連や厨房関連の機器に加えて、床暖房や浴室暖房乾燥機など、従来になかったガス機器をみずから開発してきました。また、当社の供給エリアである関西圏には、ガスの販売店やサービスショップが多数ありました。よって、彼らと協力してガス機器とメンテナンスをセット販売したり、水回りのリフォームなどの周辺サービスも手がけたりするなど、地域密着型の営業に努めました。
そのほか、ガス機器の普及活動の一環として、クッキングスクールの運営やレシピの開発などにも取り組みました。ちなみにこの経験は、これから手掛けようとしている宅配冷蔵食事業の原点になっています。
ガス会社がみずからガス機器などの製品やサービスを開発し、お客様一軒一軒に普及活動をしていたなんて、不思議に感じられるかもしれません。電力会社はエアコンを開発したり売ったりしませんからね。その電力会社との競争という点では、オール電化の潮流との闘いもありました。そこで、都市ガスから水素を取り出して発電と給湯を行える家庭用燃料電池「エネファーム」を開発し、普及に努めてきました。
市場という点では、関西エリアならではの特徴もあります。関西は人口増加が鈍化し、従来の事業領域だけでは成長が頭打ちになってしまうため、他のエネルギー市場に参入する必要がありました。よって全面自由化の以前から、関西電力と大阪ガスは競争をしてきました。
こうした事業環境の下、大阪ガスは「時代を超えて選ばれる革新的なエネルギー&サービスカンパニー」を目指してきたのです。
2018年にはDaigasグループの導入と首都圏市場への参入、2020年にはエネルギー分野の主翼を担う基盤会社3社の設立を含めた大規模な組織再編、2022年には導管部門を分社化し、新会社を設立しました。その組織デザインのコンセプトは、「自律分散」でしょうか。
現会長の本荘武宏が社長を務めていた2017年に、2030年に向けた長期経営ビジョン「Going Forward Beyond Borders」を策定し、Daigasグループをつくりました。グループ名から「大阪」を外したのは、特定地域に囚われることなく大きく成長していきたい、という想いがあったからです。
なお、Daigasは単に大阪ガスを言い換えたわけではなく、「Dynamic and Innovative, Genuine and Studious」(革新を、誠実に)の頭文字によるものです。これを旗印に、調達、ガス製造、発電、供給、輸送、販売、保安の一気通貫のバリューチェーンを再構築し、お客様との距離をさらに縮めていくことを目指しています。
そこで、意思決定のスピードを加速させるために、大胆な権限委譲を進めています。本社部門の役割はコントロールタワーに留め、2020年度からの組織再編に向け、2019年10月に基盤会社を3社設立しました。家庭向けサービスを担う大阪ガスマーケティング、法人向けサービスを担うDaigasエナジー、ガスや電気の製造を担うDaigasガスアンドパワーソリューションです。これまで社内部門であった営業部門と製造部門をスピンオフしたのです。
2022年4月には、ガス会社のコア資産である導管網を管理・運営する部門を、大阪ガスネットワークとして分社化しました。導管の耐震化を進めながら、ガスの安定供給はもちろん、新しいサービスやソリューションの開発に挑戦してもらっています。
こうした分社化には大規模なシステム改変を伴うため、相当のコストと労力がかかります。ですから、絶対に失敗できないプロジェクトでした。その重責を担ったのが、オージス総研という自前のシステムインテグレーターです。ここでも、おっしゃるような自律分散型組織の強みが発揮されました。
また、首都圏市場の参入に向けては、2018年4月に中部電力との共同出資によるエネルギー販売会社、CDエナジーダイレクトを設立し、商圏の拡大を推し進めているところです。