なんであのエピソードを消したんですか?

 選ばれなかったという経験は様々な出来事で起こりうると思う。その一つに間違いなく恋愛があり、実はこんなことがあったんですと喫茶店での打合せでは話せたものの、いざパソコンの前に座るとどう書いていいのか、どう伝えたらいいのかフリーズしてしまった。恥ずかしくてたまらなくて、照れてしまって、2行書いては1行消すような、そんな進捗具合だった。

 それでも締切はやってくる。なんとか書き上げて編集者の亀井さんに見せた。そして指摘された。「なんであのエピソードを消したんですか?」。僕が省略したのは、自分の恋愛における、情けない顔が赤くなるような失敗談だった。本当にうまい書き手の人は、自分の弱さを書くのがうまくて、さらけ出すことができる。一流の書き手と二流の書き手の差は、失敗を書けるかどうかだと思うんですよね。亀井さんはそう言った。

 再びパソコンの前に戻ってきた。そういえばと思い出した。僕の好きな作家やラジオパーソナリティの方たちはどうしてこんなことまで書いて(話して)くれるのかということだった。その言葉は、十代の一人ぼっちだと感じていた自分にまで届いて、隣にいてくれるような心強さがあった。

 そして、普段コピーライティングのワークショップを担当する時に、「恥ずかしがらずに書きましょう。恥ずかしくて当たり前なんです。むしろそこにこそエネルギーがあるんです」と僕が伝えている言葉がブーメランのように自分に返ってきたように感じた。

 着飾るのは諦めた。あの日の出来事に、正直に向き合うことに決めた。こうして、第7章『仕事とプライベート、どちらかを選ばなければいけない? ―両方「諦めない」方法』を完成させることができた。

「選ばれなかった」からはじまること

 今、全国の書店に『あの日、選ばれなかった君へ』が並んでいるのだと思うと、改めて感慨深い。この本は「選ばれなかった」ことからはじまった。選ばれなかったその時、世界の終わりかのように感じてしまう。僕自身そうだ。

 ただ、そこは行き止まりではない。分かれ道でしかない。そこからはじまることがちゃんとある。諦めずに進み続ければ、時間はかかったとしても、ちゃんと形にすることができる。「あの日、選ばれなくてよかった」僕がそう思えるのは、その先があるんだと確信しているからだ。

 ちょうど10年前。作家の賞のエントリーする際に「どのようなクリエイターになりたいですか?」という項目があり、こんな夢を書いていた。

「広告の世界を超えて、紙もデジタルも超えて、読んだ人が、ワクワクする、ドキッとする、ゾクゾクする、ほんのり泣きたくなる、なんだか笑いたくなる。そんなものを手づくりできる作家になりたい」

 10年後の今、そうなれているだろうか? 正直わからない。まだまだこれから、という思いもある。それでも、この本は「自己肯定本」として、この春、選ばれなかったことに直面したすべての人を支える文章になれたらと心から願っている。

※本稿は、『あの日、選ばれなかった君へ 新しい自分に生まれ変わるための7枚のメモ』の著者・阿部広太郎さんによる書き下ろしです。

一流と二流の書き手の違い。編集者から言われた言葉とは?あべ・こうたろう
1986年3月7日生まれ。埼玉県出身。中学3年生からアメリカンフットボールをはじめ、高校・大学と計8年間続ける。2008年、慶應義塾大学経済学部を卒業し、電通入社。人事局に配属されるも、クリエーティブ試験を突破し、入社2年目からコピーライターとして活動を開始。「今でしょ!」が話題になった東進ハイスクールのCM「生徒への檄文」篇の制作に携わる。尾崎世界観率いるクリープハイプがフリーマガジン「R25」とコラボしてつくったテーマソング「二十九、三十」を企画。作詞家として「向井太一」「円神-エンジン-」「さくらしめじ」に詞を提供。自らの仕事を「言葉の企画」と定義し、エンタメ領域からソーシャル領域まで越境しながら取り組んでいる。パーソナリティーを務めるラジオ番組「#好きに就活 『好き』に進もう羅針盤ラジオ」はAuDee(オーディー)で配信中。2015年から、BUKATSUDO講座「企画でメシを食っていく」を主宰。オンライン生放送学習コミュニティ「Schoo」では、2020年の「ベスト先生TOP5」にランクイン。「企画する人を世の中に増やしたい」という思いのもと、学びの場づくりに情熱を注ぐ。著書に『待っていても、はじまらない。ー潔く前に進め』(弘文堂)、『コピーライターじゃなくても知っておきたい 心をつかむ超言葉術』『あの日、選ばれなかった君へ 新しい自分に生まれ変わるための7枚のメモ』(ダイヤモンド社)、『それ、勝手な決めつけかもよ?だれかの正解にしばられない「解釈」の練習』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。