「ワンチャンいけんじゃね?」若者の間で「ワンチャン」という言葉が流行した深い理由写真はイメージです Photo:PIXTA

「一縷の望み」のような意味合いで使われる「ワンチャン」(one chanceの略)。主に若者の間で使われている言葉だが、その流行には時代性も含んだ必然があるという。本稿は、鳥羽和久著『君は君の人生の主役になれ』(ちくまプリマー新書)の一部を抜粋・編集したものです。

辞典にも載っている
「ワンチャン」

「先生もワンチャン狙って女の人に声を掛けたことありますか?」

 数年前に中3の男の子からそう尋ねられたことがあって、ワンチャンって言葉は下品だなと呆れたことがあります。私は思わず「そのワンチャンの用法、どこで覚えたの?」と彼に聞き返しましたが、彼は「みんな使ってますよ」とニヤけるだけなので、「マジキモいな」と思わず暴言を吐いてしまいました。

 去年の秋には高3の受験生が「AO入試はワンチャンあるかもしれないからとりあえず受けときます」なんて言うから、「入試ナメすぎでしょ。AO入試受けるなら、それなりの準備が必要だよ。一般入試の人が勉強してる間に他のことをやらなくちゃいけないんだから、むしろリスクがあるのわかってんの?」といかにも真っ当な返しをせざるをえなくなりました。私はこのときたぶん、入試をナメてる彼に憤ったというよりは、自分の未来の不確定性を軽く扱おうとする彼の構えに反発したのだということが、いまならわかります。

 日ごろ接している子どもたちが「ワンチャン」という言葉を急に使い始めたのは2013年ごろのことでしょうか。すぐに廃れるかなと思っていたら、それどころかいまや誰もが使っていて、日常語として定着した感さえあります。

 先月の国文法の授業のときに「ワンチャンって副詞ですか?」と中2の生徒から質問されて、「名詞として使うことや、『ワンチャンある』の形で動詞として使うこともあるけど、確かに副詞の用法がいちばん多いね」という話になりました。授業後、その子と「ワンチャン辞書にも載ってるかもね」と言いながらいっしょに調べてみたら、すでに2019年版の『大辞林』(三省堂)には「ワンチャン」が確かに掲載されていました。

「ワンチャン」の用法については、もとは「一縷の望み」くらいの意味だったのが、そのうち「もしかしたら」「たぶん(いける)」のような意味で使われるようになって、いまや「別に」くらいの軽い意味でも使われています。「今日の夕飯、カレーでもいいけど、ワンチャンうどんでもいいよ」みたいな感じです。使用が広まっていくうちに、最初の頃にあった露骨な下品さが身を潜め、その代わりに図々しさは増したなと感じます。