日本の若者の「起業家精神」の今
星:「日本の若者の起業家意識」という部分については、現状どのようにみられていますか?
芦澤:ポジティブに捉えています。
Global Entrepreneurship Monitor Survey(GEM調査)という、国際比較調査で、日本は起業行動指数が先進国の中でも非常に低い国として有名です。
ですが、何が低いのか分解してみると面白いことがわかります。
全体平均は低かったとしても、実は世界の平均より高いところが結構あるのです。
たとえば、「Internal market dynamics(国内における市場の強さ)」指標は高くなっています。
日本のGDPは世界で3位。グローバル企業もあり、資本蓄積もされていて「経済基盤はある」ということです。
一方、明らかに低いのが「Cultural and social norms(文化的および社会的規範)」と、「Entrepreneurial education at school stage(学校でのアントレプレナーシップ教育)」で、学校におけるアントレプレナーシップ教育が54ヵ国中48位と下位になっています。
つまり、教育が充実してくる、もしくは社会の規範概念の何をリスペクトするのかという部分が変わってくることで、他の部分のポテンシャルをもって飛躍する可能性が大いにあるということです。
星:社会規範とアントレプレナーシップ教育が弱かった反面、国の政策が結構よいというのはある意味びっくりしてしまいました。
芦澤:政府が何もやってくれないというイメージはあるかもしれないですね。
しかし、必ずしも国が手を打っていないかといわれると、そういうわけではありません。
最低資本金は1円まで下がっていて、各税制も海外を学んで、整えられてきてはいます。
昨年11月には岸田首相が「スタートアップ育成5か年計画」を打ち出し、起業を支援する政策が幅広く提示されています。
ただ、そこでひとつ思うのは、国がやってくれない、やってくれるという感覚は日本人とシリコンバレーの人でだいぶ違うと思うのです。
星:それは本当に思います。
とくに私のやっている教育業界では、「政府が出してくれないからできない」とあきらめてしまって、自分でリソースを集めようという精神が非常に乏しいですね。
芦澤:スタンフォードでは「政府がやってくれないなら自分でやってみたらいい」という感覚があります。
何かうまくいかないことを政府や誰かのせいにするのではなく、自分たちのイニシアティブが政府を巻き込んでいけばよいと。
昨日、スタンフォードで長年教鞭を取られているある先生が、
「スタンフォードは伝統的に分権的であることを大事にしています。
だって、人は誰にも何も言われずに、自分がやりたいことをやるのが一番幸せだし、それが最大のパフォーマンスを生むに決まっているじゃない。
それを正面から捉えているのがスタンフォードなのです」
という言い方をしていました。
日本とシリコンバレーで大きく異なる文化の1つですよね。
星:当事者意識ですね。
法律も有権者が決めているという構造です。
ですから、私たちが決めるということに対して、他人に任せきってしまうのか、自分のものだとして自律的に働きかけていくか、そのマインドの違いはあると思います。
日本の「アントレナーシップ教育」の未来
芦澤:その「マインドをはぐくむ教育」が、「アントレプレナーシップ教育」、「リーダーシップ教育」です。
それは単に、「起業家を生む人を育てる教育」「イノベーションを生む人を育てる教育」という意味で使われているのではありません。
「社会を前に進める」、「よりよい社会をつくっていく」、そういう人を育てる教育を、アントレプレナーシップ教育、リーダーシップ教育と言っています。
こちらにきてわかったのですが、スタンフォードは結果として多くの起業家を生んでいますが、起業家を育てようとしているわけではありません。
広い意味での「アントレプレナーシップ教育」の結果として、スタートアップをやって成功する人もいる。
また、そうでなくても、大企業やNPO、国際機関などいろいろなところでリーダーシップを発揮して、自分の主体性でもって社会を変えてよりよい未来を創っていこうとする人たちが、ボリュームゾーンとしていっぱいいるという構造です。
日本でもそんな教育ができれば、未来はよりよいものへと変わっていくのではないかと思っています。
星:なるほど。「新しいよりよい社会を創っていく」というマインドを、うまく日本の教育にも浸透させられれば、結果として、日本からも多くの起業家が生まれ、日本も再び発展していくことになりそうですね。
芦澤:はい。また、私の研究分野の「スタートアップ・エコシステム」という話でいうと、以前はリーダーシップをとる人や起業家は孤独でしたが、それも今は変わってきています。
今までの成功する起業とは、孫正義さんみたいな天才が「個」の力でやっていくという感覚がありましたが、今はイノベーターや起業家をいろいろな人が支えるエコシステムとしての仕組みがあって、それがパッケージとして世界中に広がっています。
だから、新しい社会を創る起業家は、ある天才だけができる特別なことではなくなってきているということです。
これも、日本にとってはすごく明るい材料だと思っています。
日本は経済的な蓄積はあり、政府も一生懸命支援しようとしていて、起業家を支えるエコシステムができつつあります。
あとはアントレプレナーシップ教育の発展によって、主体性を持って新しい社会を創ろうとする人が生まれるようになれば、その中から成功する人が出てくる。起業家に対する考え方も変わっていくでしょう。
その延長線上に、「日本にもわくわくする世界」がくるだろう、と私はポジティブに捉えています。
星:非常に明るい話ですね。
日本も本当に変わってきているんですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
『スタンフォード式生き抜く力』には子育てをするときに、大切なマインドセットと具体的なトレーニング法が書かれています。私の初の著書として出し惜しみなく、書き尽くしましたのでぜひご活用ください。