総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」によれば、日本の出生者数は下降を続け、反対に死亡者数は増え続けている。そして、2007年以降は死亡者数が出生者数を上回っている。
これから死者が増えていく日本では「どう老いるか」「どのように人生の幕引きを迎えるか」を考えることは避けられない。
そこで今回の連載では、2023年4月に発売された書籍『生きるために読む 死の名言』(伊藤氏貴著)の中身を一部抜粋・再編集して紹介する。
さまざまなジャンルで歴史に名を残した99人が「死」について語ったことばは、ふしぎと暗くはなく、むしろ「どう生きるか」を前向きに考える力を与えてくれる。今日紹介するのは、あまりに潔い遺書をのこした洋画家・梅原龍三郎のことばだ。
わずか五行で、すべてを伝える
葬式無用
弔問供物
固辞する事
生者は死者の為に煩わ
さるべからず
若いときに同じ画塾で学んだ安井曾太郎とともに日本の西洋画の発展に大きく寄与し、長らく画壇に君臨した梅原龍三郎の遺書です。
これが全文で、五行の筆書きで書かれていました。
長生きをして、富も地位も名声も手に入れた梅原の死を世間が放っておくわけがないことを、梅原自身重々承知していました。葬儀一つをとっても、自分の名を辱めないようにと、遺族たちがいろいろと気骨の折れる思いをするだろうと考えたのに違いありません。
このことばは、白洲次郎をはじめとする多くの人に感銘を与えました。
その潔さに惹かれたのでしょうが、そればかりではないでしょう。生き残る者たちへの配慮を忘れないようにという、死にゆく者に対する戒めとなると同時に、死者のことで必要以上に時間やエネルギーを奪われることのないようにという、生きて残される側への戒めともなっています。
もちろん死者を悼む心は人として大切です。しかし、あまりに強く死者への思いに囚われてしまうなら、それは死んだその人を喜ばせることにはならないのだ、と梅原のことばは伝えているように思えます。
梅原龍三郎
1888-1986 没年97歳
洋画家。京都の染物問屋に生まれる。浅井忠に師事したのち、渡仏し、ルノワールの指導を受けた。中国や日本の各地の風物を鮮やかな色彩で描き、東洋の伝統を生かした豪放な洋画の世界を切り拓いた。フランス政府から叙勲されるなど、海外での評判も高い。主要作品に『黄金の首飾り』『裸婦扇』『紫禁城』『噴煙』など。
(本稿は、『死の名言』より、一部を抜粋・編集したものです)