元経団連会長の榊原定征元経団連会長の榊原定征 Photo:JIJI

経団連会長に
就任した2人のOB

 愛知県の南東部の太平洋岸に突き出ている知多半島。その東海岸に位置するのが人口11万7000人の半田市だ。県立半田高校は、旧制の県立第七中学を前身とする伝統校だ。

 日本経済団体連合会(経団連)の会長は、「財界総理」といわれる。その経団連会長を2人輩出していることが半田高校の自慢だ。第13代会長の榊原定征と、第7代会長の平岩外四だ。

 榊原は半田高校から名古屋大工学部応用化学科に進み、修士課程を修了した。急成長していて理系学生の就職人気トップだった東洋レーヨン(現東レ)に1967年に入社した。必ずしも出世街道を歩んでこなかったが社長・会長になり、2014年~18年に経団連会長に就任した。

 経団連会長を退任後は、産業革新投資機構議長、関西電力会長などを務め、22年12月には第15代日本野球機構(プロ野球)コミッショナーに就いた。

 平岩は旧制半田中学卒で、旧制第八高校(名古屋市)を経て東大法学部を卒業した。1939年に東京電力に入社、出世街道を走り順当に東京電力社長、会長の座に就いた、90年~94年まで経団連会長を務めた。07年5月に92歳で死去している。

 平岩と榊原とは30歳もの年齢差があるが、榊原の回想によると、「互いの生家は自転車で行ける距離」「平岩さんも私も、5人兄弟という共通点がある」(「文藝春秋」15年2月号から)という。

 経団連は日本経営者団体連盟(日経連)と統合する02年以前は旧経団連と呼ばれているが、新旧を通算してその会長は計15人を数える。

 そのうち、1つの高校から4人の会長を出した旧制東京府立一中・現都立日比谷高校(第2代石坂泰三、第3代植村甲午郎、第8代豊田章一郎、第9代今井敬)がある。

 これは別格として複数の会長を出したケースは、半田高校と都立小山台高校(第11代御手洗冨士夫、第14代中西宏明)の2高校だけだ。

 経団連の事務局長を務めた居林次雄も、新制半田高校卒の1期生だ。経団連事務局の生え抜き組で、後年、弁護士や大学教授としても活躍した。