もちろん彼もまだ完ぺきではないし、未熟なところも多くあったのだが、ミーティングなどで、なるべく自分の考えを発言するように求めた。「監督はこう言っていた」ではなく、「監督はこう言っているが、自分はこう思う」という自分の意見を積極的に話させるようにしたのだ。

 またメンバー争いに加われない選手たちの底上げを進めるよう、彼に頼んだこともある。彼が3年生であることは関係ない。

 実際、田澤は、練習中はもちろん、それ以外の寮生活や食事の場面などで、チームの多くの選手に積極的に声をかけてくれるようになった。

 ただ田澤も一度、「何度言っても、言うことを聞いてくれない人がいるんです。もう僕は注意しません」と弱音を吐いたことがある。可哀想だなと思ったが、「ここで投げ出すようではキャプテン失格だ」と突き放した。なぜ、言うことを聞いてくれないのか、相手の言い分を聞いたうえで、伝え方を考えながら、チームがうまく機能するように改善させなければならない。

 もちろんそれは大変な仕事であることを私も理解しているが、それも彼にとっては組織を統率する方法を学ぶ経験だ。自分のことだけを考えて競技生活を送るのではなく、自分以外が何を考えているかを知り、それをまとめていく術を学ぶことは学生のうちにぜひやっておくべきだと私は思う。

 特に将来、指導者になりたいと考えている選手には、こうした機会はいい勉強の場となるだろう。これも人作りのひとつだ。

チームを引っ張る者に必須なのは「言葉にできる能力」

 またチームのキャプテンとは別に、秋の駅伝シーズンになると“駅伝主将”という役目も作るようにしている。

 これは走りでチームを引っ張るべき存在だ。キャプテンが駅伝メンバーに入れないときはもちろん、いたとしてもガッツのある選手を選ぶようにしている。特別な役目はない。駅伝メンバーのみが集合した際に、しっかり勝利への情熱を言葉にできる者、そしてレースで悪い流れを断ち切ったり、勝負を決める走りをしたり、戦況を大きく好転させることが仕事だ。まさにエースであり、その年の駒澤大学の中心選手を指していることは間違いない。

 ここまで主将、駅伝主将に求める要素や役目を記したが、「言葉にできる能力」というのはどちらにも必須ということだ。皆の前で発言できる度胸や、自分で感じたことを的確な言葉で伝えられる力を指すが、その前提として自分で考える力が求められるのは言うまでもない。

 競技力だけでなく、人間力を磨く場としても、こうした立場に就くのは学ぶことが多いと思う。