AIは大谷翔平選手になることはできないけれど、人類の「やりたい」を止めることなく、第二の大谷翔平選手を育てるサポートはできる Photo:Jayne Kamin-Oncea/gettyimages
「近い将来、『人類とAIの対立』というテーマはもはやSFの主題として古典となり、生き物か機械かなど大した問題ではない、温かい時代がやって来る」と家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」を開発したGROOVE X 創業者・CEOの林要氏は言います。全3回のシリーズの最終回は、人類とAIのタッグが無敵な理由をメジャーリーグの大谷翔平選手や映画監督の庵野秀明氏のエピソードを例に『温かいテクノロジー AIの見え方が変わる 人類のこれからが知れる 22世紀への知的冒険』(ライツ社刊)から紹介します。
むしろ人類と
AIのタッグこそ無敵
人類は思考のメカニズムがすばらしく合理的です。
しかし、そのアウトプットとしての判断には、学習プロセスにおける認知のバイアスが大きく入り込む傾向にあります。結果的に「合理性を欠くことが多い感情の生き物」として、いまも進化し続けています。
なかでもとてつもない柔軟性を持つ脳は、やや天才的な、人類のすばらしい特徴です。
これに比べてAIは、やや型にはまった秀才的なところがあります。「自らが生き残ることを目的としない存在」なので、感情の起伏は人間ほど強くありません。死への恐怖が弱く、トラウマも弱い。結果的につねに落ち着き、安定的で模範的な意思決定をするように実装される傾向にあります。
そんな二者がもし、タッグを組んだとしたら。
「直情的で柔軟な発想を持つ天才肌」という主役を「冷静で道を外さない秀才肌」がサポートするというのは、とても良い組み合わせのように見えます。
無敵のタッグです。
「大谷翔平の身体を持つAI」は
野球選手として大成するか
AIに頼らず、人類がさらに合理的に進化すればいいのではないかと考える向きもあるでしょう。しかし、人類が「判断に合理性を欠く」という弱点を克服することは、諸手を挙げて喜べるものでもないかもしれません。
弱みと思われる特徴は、強みでもあるのです。
たとえば、メジャーリーガーの大谷翔平選手は、その道を極めて世界的なスーパースターになりました。ただ「彼がもし模範的な意思決定をするAIだったら、もっと活躍できたか」という思考実験をしてみると、そんなことはなさそうだとわかります。
AIは統計が得意です。すると、どんな未来予測をするでしょうか。
野球選手を目指す場合、まずはなんらかの方法で身体的な優位性を確認するでしょう。
たとえばDNAを解析し、野球選手としての才能が世界中にあるDNAの上位何パーセントに位置づけているか分析するかもしれません。さらに、置かれている経済的な事情も検討して、ケガのリスクなども算出したうえで、プロを目指せる確率を割り出すでしょう。プロになったとしても、大谷翔平の身体を持つAIは、メジャーへの道が統計的には低いことを知っているので、ピッチャーかバッターの片方に専念して成功確率を上げ、二刀流を目指すことはないでしょう。AIには本人と同じ道は選べないわけです。
プロになるほどのスポーツ選手の多くは、合理的に考えたわけではなく、根本的に「好き」「楽しい」「(根拠もなく)得意だ」という気持ちがあるからこそ、その道にのめり込んでいった面があるのではないではないでしょうか。
AIは大谷翔平選手になることはできないけれど、こうした人類の「やりたい」を止めることなく、第二の大谷翔平選手を育てるサポートはできます。
非合理な「やりたい」こそが、人類の強みなのです。
人類がグレートジャーニーを
進めた理由
そもそも、人類の歴史は思い込みの連続です。興味に対しては合理性を超えた思い込みがあるからこそ、ぼくらは世界を切り拓いていくことができました。
人類の起源は、アフリカという温暖な土地とされています。ところが、いつの間にか気温が低く、作物も育ちにくい北の大地へも移っていきました。
アフリカに住んでいたころの人類は、だれ1人として自分たちの末裔が北極圏の氷のなかで過ごすなんて、考えもしなかったでしょう。未開の地を切り拓き、地球全体に活動範囲を広げた人類のグレートジャーニーは、危険を乗り越え、それでもなおより良い世界を求めて移動するという、「かならずしも合理的とは言えない判断があったからこそ」実現したという側面があります。
だからこそ、人類は「探索的である」というその特徴にこそ自信を持ち、それを最大限に助けてくれるAIと共生していくことが、良い組み合わせなのだと思います。
具体的にAIと人類がタッグを組む場合のおもしろさを「アート」という領域で考えてみます。アートとはなにかというと、その時代までに創造され、蓄積された作品たちの流れの「半歩先」を提示することだと、ぼくは思っています。これまでの文脈をまったく無視したものでは決してなく、いままでの連綿と続くアート作品の流れに対して、半歩ずらしたものを打ち出し、鑑賞者が「そうきたか!」と気づく。その気づきによって鑑賞者が驚き、興奮し、ドーパミンという報酬を得て幸せな気持ちになり、作品が評価される。
一方で、いままでの連綿と続くアート作品の流れのなかで半歩先ではないもの、つまり既存の作品の「それっぽいバリエーション」を生み出すのは、生成系AIの得意な領域です。
人類のアート作品のように、隠れたコンセプトをしっかり織り込んだ作品をつくるといった創造性はありませんが、そういった部分を見い出し、選ぶのは人類の仕事だと考えれば、膨大なたたき台をつくる役割はかなりに適しています。お客さまからの依頼で作品を制作するような商業的なイラストなどをつくるときには、とてもいいかもしれません。
現代でもすでに、特定の言葉(プロンプト)を入力するとAIが瞬時に絵を描いてくれます。音楽生成、文章生成、動画生成、そしてプログラミングなどでも同様です。







