すでに天井は落ちて太陽光が上から注ぎ込んでいるので地下墓とはいえ明るい。午後四時を過ぎているがまだ日差しはきつい。地上から4メートルほど下にある床面で発掘作業を再開する。本当は音楽をかけたりしてやりたいのだが、そしてその方が絶対に作業ははかどると思うのだが、下っ端の大学院生にはそんなことを言う資格はない。考古学は体育会系の部活と同様にパワハラすれすれの完全なる縦社会である(令和に入った今は知らないが……)。
考古学者でも人骨は苦手
午後の作業を開始してすぐに、土の中に白いものが混じっていることに気づいた。骨だ。しかも地下墓の壁際、その壁には納体室が幾つも碁盤の目のように並んでいる状況を考慮すれば、人骨であることは間違いない。そんなことはシャーロック・ホームズやブラウン神父のような名探偵でなくともすぐわかる。ため息が出る。地上を見上げ、誰にも見られていないことがわかったので、即埋め戻したい衝動に駆られたが、自分の置かれた立場をわきまえ、そろりそろりと骨の輪郭を出す作業に専念することに決めた。どうも骨は苦手だ。特に人骨は。
日本の発掘現場で江戸時代の棺桶を発掘したときほどではないが(その際は臭いがきつかった)、人骨の発掘はやはり気分が滅入るものだ。古いとはいえ正真正銘人間の死体なので……。手スコで丁寧に土を外し、手ガリで砂を少しずつ除けていくと予想通りその下から真っ白い人骨が現れた。
ここからは竹串や竹べらと刷毛を使う。たとえ日本で出土する湿った土をねっとりとまとう骨とは異なり、乾燥して硬くなった骨であっても繊細な作業が要求される。そのため発掘現場では、骨よりも固くて柔軟な竹製の道具は極めて有効な道具なのである。竹製道具の先を使って骨の周りの土を弾いて剥がす作業はとても繊細な動きが求められる。このような手先の器用さが要求されるのが考古学でもある。その意味でも考古学は日本人の気質に合っている。
竹べらで骨の輪郭を出しつつ、刷毛でホコリのような砂を取り除き、少しずつ白い骨の姿を追いかける。二時間ほど格闘した結果、どうやら足、それも大腿骨らしいことがわかってきた。そこで本日は時間切れとなった。続きは明日だ。明日は朝から人骨と二人きりの時間を過ごさねばならない。宿舎に戻ってから人間の骨格名称が書かれた図を眺める。やはり大腿骨のような気がする。誰かに聞きに行こうかなと思ったが、みんな個々の仕事で忙しそうだし、明日全身を出してからでも遅くはないかなと思いその夜は早めに寝た。