不満だらけのエリート・ワナビーズ
アメリカのようにメリトクラシーが徹底され、大卒が高卒の倍の収入を得られる社会では、誰もが「大卒」の肩書を得ようと必死になる。しかしこれは「合成の誤謬」の典型で、大卒の数が増えれば増えるほど肩書の価値は下がっていく。
知識社会では、必然的に「学歴の軍拡競争」が起きる。その結果が「超学歴化(学歴のインフレーション)」で、欧米では学士(4年制大学卒業)は「低学歴」で、グローバル企業やエリート官僚は修士号か博士号をもっていないと相手にされなくなった。
アメリカでは、トランプを支持する高卒の白人労働者層と、民主党の大統領選挙予備選に立候補したバーニー・サンダースを支持する「レフト(左派)」「プログレッシブ(進歩派)」と呼ばれる若者たちが激しく対立している。
この「レフト」とはどういう者たちなのか。それはバイデン大統領が、学生ローンの借り手に対して1人あたり最大1万ドル(約130万円)の返済を免除したことからわかる。いまでは民主党を支持する若者の多くが、多額の奨学金でなんとか大学を卒業したものの、思うような仕事に就くことができず、政治や社会に不満を募らせる準エリート層になっているのだ。
奨学金を免除する費用の原資は、すべての国民が納める税金だ。当然、大学教育を受けていない有権者は大卒への優遇策に反対するだろうが、それは共和党支持者なのでどうでもいいのだろう。
大卒があまりに増えたために、アメリカではレジ係(大卒者が就いている仕事の上位48位。以下同)やウェイター(50位)として働く大卒者が機械技師(51位)より多い。同様に、警備員(67位)や用務員(72位)として働く大卒者はネットワークシステム/コンピュータシステム・アドミニストレーター(75位)より多く、料理人(94位)やバーテンダー(99位)として働く大卒者は司書(104位)よりも多い。
仕事に対して学歴が高すぎるのが「学歴過剰」だが、労働経済学では、受けた教育に比べて仕事の内容が不十分なことを「不完全就業」と呼ぶ。アメリカの大卒者の不完全就業率は年々上がってきており、2000年の25・2%から10年には28・2%に上昇した。リーマンショック後の世界的な不況では、最若年の大卒者の不完全就業率は40%に迫った。これが「自由の国」アメリカの現実で、中途半端に学歴が高い若者たちが社会主義的な政策を求めるようになった背景だろう。
知識社会が高度化するにつれて、アメリカではまず黒人やヒスパニックなどが労働市場から脱落し、次いで黒人の生活保護受給者を「福祉の女王」などと罵倒していた高卒の白人労働者階級が脱落した。そしていまでは、低学歴の白人に「レイシスト(人種主義者)」のレッテルを貼ってバカにしていた(中位以下の)大卒が労働市場から脱落しつつある。
憧れの仕事に就けない末端エリートは、「不満だらけのエリート・ワナビーズ(elite-wannabes:エリートなりたがり)」と呼ばれている。
※この記事は、書籍『シンプルで合理的な人生設計』の一部を抜粋・編集して公開しています。
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。