並んだビジネスパーソン写真はイメージです Photo:PIXTA

これまでの日本企業では、自社のビジョンを部下と共有しつつ、彼らに権限を委譲して育成やコーチングに力を入れる、バランス感覚に優れた人物が“理想のリーダー”とされてきた。しかし、ビジネスシーンでDX革命が起きている昨今、従来型のリーダーシップが通用しなくなっているという。日本の大企業で経営人材育成に携わる高野研一氏が、ヴァージン・グループの創業者リチャード・ブランソンの経営姿勢を例に、DX時代に求められるビジネスリーダーの在り方を説く。本稿は、高野研一『DX時代のビジネスリーダー』(経団連出版)の一部を抜粋・編集したものです。

リーダーが目を向けるべき
ステークホルダー

 優れた創業者がフォーカスを当てるものとして、まず取り上げたいのが「ステークホルダー」だ。ステークホルダーとは、顧客、サプライヤー、社員、株主、銀行、行政、社会一般など、経営を取り巻く利害関係者のことをいう。優れた創業者がステークホルダーにフォーカスを当てるのは、価値を創出するうえで必要となる経営資源を彼らが提供してくれるからだ。顧客は、製品やサービスに対する対価という形で事業活動に必要な資金を提供してくれる。サプライヤーは生産活動に必要となる原材料や部材を、社員は知恵や努力を、株主や銀行は事業拡大や設備投資のための資本を経営者にもたらす。行政や社会一般は、事業活動を行うための環境を用意してくれる。

 経営者の仕事とは、ステークホルダーから経営資源を預かり、それを使って価値を生み出し、それをステークホルダーに還元することだ。そのため、大きな価値を生み出せる経営者のもとには、多くのステークホルダーが集まってくる。そして、より多くの経営資源を動員し、より大きな価値を生み出すことが可能になる。つまり好循環が働くのだ。逆に、価値を生み出せない経営者からはステークホルダーが離れていき、いざ何かをやろうとしても、お金が集まらなかったり、だれも本気でその人のためには動いてくれなくなる。こうなると、経営者としては何もできない。経営者はステークホルダーから信任されてはじめて、経営を行うことができるのだ。

 大企業のリーダーは、すでにステークホルダーがいるところからスタートするので、頭では理解していても、ステークホルダーの重要性を肌では感じていないことが多い。このため、経営危機に陥り資金繰りに窮したり、物言う株主が突如現われたときなどにはじめて、ステークホルダーの重要性を痛感することになる。創業者は、ステークホルダーがだれもいないところから出発した経験を持つため、ステークホルダーが集まる場をつくること、経営資源が循環する場をつくることが経営の目的であると考える人が多い。それは、松下幸之助の次の言葉に色濃く表われている。

「金は天下のまわりもの。自分の金といっても、たまたまその時、自分が持っているということだけで、所詮は天下国家の金である。その金を値打ちもなしに使うということは、いわば天下国家の財宝を意義無く失ったに等しい。金の値打ちを生かして使うということは、国家社会にたいするおたがい社会人の一つの大きな責任である」

 松下は、企業とは社会から独立した存在ではなく、社会の中の一部分であり、そこを経営資源が還流する「場」のようなものであると理解していることがわかる。大企業のリーダーが会社に対して貢献し、上から評価されようとするのに対して、創業者は社会に対して有意義な役割を果たし、社会から評価されることに目的意識を見出しているのだ。

ヴァージン・グループ創業者
リチャード・ブランソンの視点

 ここで、ステークホルダーにフォーカスを当てるのと当てないのとで、経営がどう変わるのかを考えるために、ヴァージン・グループ創業者であるリチャード・ブランソンの事例を取り上げたい。ブランソンがまずフォーカスを絞ったのは、当時社会的に台頭しつつあった、ベビーブーマー世代の若者だ。彼らがその後、社会に出て発言力を持つようになることに着目し、その声を代弁する活動に取り組む。また、若者の有する無限のアンメットニーズ(まだ満たされていないニーズ)を満たすようなビジネスを展開していけば、爆発的な価値が生まれるチャンスがあるとの気づきが、ヴァージン・グループの立上げへとつながっていった。

 ブランソンは若者のニーズを満たすようなビジネス、たとえばレコードショップやヴァージン・ミュージックという音楽コンテンツ会社、ナイトクラブや旅行代理店、ヴァージン・アトランティック航空などを次々と立ち上げ、特にヴァージン・ミュージックはボーイ・ジョージやフィル・コリンズなどのスターを輩出し、大成功を収める。また、ひとつの事業がキャッシュフローを生むようになると、それを担保にお金を借りて次の事業に投資するといった形で、累積的に企業価値を膨らませていった。ソフトバンクグループの孫正義がやってきたようなことを、10年以上先駆けて実践していたといえる。その過程で、銀行からだけでは資金調達に限界を感じるようになり、ヴァージン・グループの株式を上場させる決断をする。

 ところが、その直後にブラックマンデー(1987年の株価暴落)が起こり、ブランソンは顧客である若者と、株主である金融街という、ステークホルダー間の板挟みにあう。ブランソンが、若者のニーズを満たす事業に次々と投資しようとすることに対し、投資家はヴァージン・ミュージックのレコード収入が不安定であることを理由に反対したのである。ここでブランソンは、悩んだ末に投資家よりも若者を優先することとし、一度上場した株式を買い戻して非上場化することを決めた。

 ただしその際、投資家が損をしないよう、70ペンスまで値下がりしていた株式を上場売出し時の140ペンスで買い戻すことまでしている。これは、後にまた上場による資金調達が必要になったときのために、投資家との関係を維持しておきたいと考えたからだ。