大口預金者は
銀行同士で押し付け合い
それから月日はたち、2020年頃。私が取引先課長に就任した際、一から教えた当時の新卒行員・三森君から、たまたま電話を受けた。三森君は入行10年目を迎え、脂が乗り切った頃、大手建設機械メーカーを担当するなど活躍していた。
「課長、お久しぶりです。お元気そうでよかった」
「三森って、八潮支店だった三森か? おお、久しぶりだな。東京営業本部? すごいじゃないか! どんなところを担当してるんだ」
「K社グループを任されてます」
八潮支店は、私が課長となった当時にいた支店だ。そこで私は堂島支店長からあり得ないほどのハラスメントを受け、挙げ句の果てに営業職を解かれてしまった。三森君は、その当時の部下だ。
「かっこいいなあ。三森がデカい仕事してて、うれしいよ。海外も行くのか?」
「ええ、まあ。オーストラリアやヨーロッパも何回か行ってます」
「そうか、ご活躍だな。最近はどうなんだ」
「最近ですか? 最近は…ショボい仕事ばかりですよ」
「ショボい?」
「はい、預金を他行に移してもらってます」
「は?」
「マイナス金利じゃないですか? 預金残高を置かれると、それだけでコストなんですよね」
「ああ、分かるよ。預保(預金保険機構)に払う保険料がかかるしな」
「ええ、だからデカい預金が入ってくる度に断って、他のメガバンクに移してもらってます。ね、ショボい仕事でしょ?」
「そういうのは他行もやってるのかな?」
「やってるんじゃないですか? 露骨に嫌がるかは別として。銀行同士で押し付け合うので、お客は行ったり来たりですよ」
目黒冬弥 著
三森君は大会社の担当をキャリア公募で挑戦し、希望がかない異動できたという。ただ、夢見ていたダイナミックな仕事はできていないようだ。それ以来、三森君とは話をしていない。
ゼロ金利は終わる。やっと銀行業本業の金利ビジネスが復活し、三森君が言った「ショボい仕事」も終わることだろう。金利で稼げなかったこの数十年、トチ狂ったように手数料ビジネスばかり傾重してきた銀行は、そのかじを切れるだろうか。
大相撲の中継で画面に映るタマリ席を見る度、あのせりふを思い出す。
「金持ちが喜びそうなもんは、大抵のことは何とかなるわ」
30年以上前も、そして今も、銀行の都合を重視する仕事ぶりは変わっちゃいない。悲喜こもごも、多くの出来事があった。今日もこの銀行に感謝しながら、毎日、懸命に勤務している。
(現役行員 目黒冬弥)