大幅賃上げでも「実質賃金」が上がらない理由、労働移動を妨げる財政政策の罪Photo:PIXTA

2023年春闘における賃上げ率は定昇込みで3.6%。しかし、3%台の物価上昇率が続いており実質賃金はマイナスである。人手不足が継続する中、2%台のインフレとベアは定着しそうだが、労働移動を妨げる財政政策の先にあるのは「低成長、高インフレ」である。(BNPパリバ証券経済調査本部長チーフエコノミスト 河野龍太郎)

27年ぶりの大幅賃上げも
実質賃金上昇率はマイナス

 2023年の春闘において、3.6%の高い賃上げ率が合意された。この3.6%には1.7%程度の定期昇給が含まれているから、ベア(ベースアップ)は2%程度に相当する。

 ちなみに、定期昇給は、日本型の雇用システムの中で、毎年の昇格に伴って増える賃金である。ピラミッド組織の中で、賃金の高い年配の従業員が退職し、賃金の低い新卒が入社するため、雇用システム全体で見れば、定期昇給によって、賃金全体が増えるわけではない。

 欧米流の賃金上昇率に対応するのは、現金給与の総額からボーナスや残業代を除いた所定内給与の上昇率であり、それにおおむね対応するのがベースアップだ。

 政財界では、23年春闘をして「好循環の兆し」と呼ぶ人も少なくない。確かに3.6%の賃上げといえば、1993年以来の高い水準である。

 長年、春闘賃上げ率は、1.7%程度の定昇込みで2%強の水準にとどまっていた。つまり、長らくベースアップはゼロに近かった。それが一気に2%弱に跳ね上がったわけであり、好循環の兆し、と経営者が言いたくなるのも分からぬわけではない。

 しかし、である。高いインフレに賃上げが全く追いついていない。これまでのベアゼロ時代、つまり定昇込みで2%強の賃上げが続いていた時期は、インフレ率もゼロ近傍が続いていた。実質ベースで見ても、ベースアップはゼロ近傍だが、定昇込みでは2%強の賃上げだったということだ。

 一方で、3.6%の23年春闘の賃上げは、足元の3%程度のCPI(消費者物価指数)コアベース(生鮮食品を除く)物価上昇率を前提にすると、実質ベースでは定昇込みでもわずか0.6%、ベースアップに至っては実質でマイナス1%に相当する。だから、多くの賃金データは実質ベースで見ると、マイナスに沈む。

 もちろん、企業はこうした状況を念頭に置いていたのではないだろう。まず、22年春闘では、ゼロインフレがおおむね続くという想定の下、ゼロベアは例年通りで変わらず、定昇込みで2%強の賃上げが決定された。

 しかし、思いもよらぬ円安インフレもあり、22年度は3%のCPIコア上昇率となったから、事後的に見ると、定昇込みで2%強の賃上げは、実質ベースではマイナス1%弱、ゼロ近傍のベースアップは実質ベースではマイナス3%程度に落ち込んだ。

 これに大企業経営者が反応したのは言うまでもない。実質賃金が大きく減少したままでは、従業員が生産性向上の意欲を保つことができないと考え、22年度の実質賃金の大幅な目減りを補うために、23年の春闘では、大幅な名目賃金の引き上げに注力したのである。

 実質賃金の低迷が続くと、生活を過度に切り詰めたり、無理な副業を行ったりする従業員が現れ、自社の生産性が下がる恐れがある。好業績が続き、これまで以上の働きをしているはずなのに、実質賃金が大きく下がるとなれば、真面目に働く意欲が失せる従業員も少なくないはずだ。